photo credit: tj.blackwell via photopin cc

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花風社:まず最初に、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」なんですが……。藤家さんは学校であの詩を習ったときどう思いました?

藤家:雨は痛いけど負けちゃいけないんだ、って思いました。彼はその時点で雨に負けていたんだろうな、とも。だから、「そういう人」になりたかったから書いたのかな、と思いました。

花風社:雨が痛い?

藤家:雨は痛いじゃないですか。当たると。傘をさしていても、はみ出た部分に雨が当たると一つの毛穴に針が何本も刺さるように痛くありません?

花風社:痛くありません。

ニキ:痛くない。

藤家:え!? みなさんは雨が痛くないんですか?

 
 かなり強い雨だとたしかに痛いが――

 先に書いたように、人間が他者(および自分)に「心的状態」(欲求、信念、感情など)を帰属させてその行動を理解しようとする知的能力のことを「心の理論(Theory of Mind)」と呼ぶ。この心の理論の初期段階の発達を確認するためのテスト課題は「誤信念課題」と呼ばれ、一般には5歳ぐらいまでに正答できるようになる。しかし、自閉症児は同時期にこの課題をクリアするのが困難であることが分かっている(*)

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Mirror Neurons(jonlieffmd.com)

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 「心の“理論”」というくらいだから、それは知的推論の枠組みである。

 しかしながら、3~5歳ぐらいの幼児に「推論」などという高尚なことがどこまでできるのだろうか。とりわけ他人の(および自分の)「心」という目に見えなず、触って確かめたりできない対象について、はたしてある程度体系的に推論の枠組みを構築できるものだろうか。

 これについて、最近の脳科学によって、この推論のベースとなる神経回路があらかじめ脳にビルトインされていることがわかってきているようだ。

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photo credit: Chris_Parfitt via photopin cc

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 人間が他者(人間、動物など)に「心的状態」(欲求、信念、感情など)を帰属させて他者の行動を理解しようとする知的能力のことを「心の理論(Theory of Mind)」と呼ぶ。

 例えば、ある人が水の入ったコップに手を伸ばしているとき、われわれはその現象を見て「ある人の手がコップに近づいている」というような理解の仕方はしない。ふつうは「ある人がコップの水を飲もうとしている」というような理解をする。

 このとき、われわれは目の前の人の「心的状態」を現象の解釈の手がかりにしている。つまりその人は「水が飲みたい」という「欲求」、「コップに水が入っている」という「信念」をもっていて、“それゆえ”「コップの水を飲もうとしている」という現象が生じているのだな、と理解する。

 心の理論が用いられる対象は人間とは限らない。例えば、「このニャンコはエサが欲しくてすり寄ってきたな」とか「このゴキブリはあの床に落ちたパンくずを狙っているな」とかというぐあいに人間以外の対象の行動を予測したり解釈したりするさいにも用いられる。

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