photo credit: Bernhard Ellefsen via photopin cc

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 すでに述べたことだが、「心」や「魂」が「物理的実体」として存在する――物理法則が支配する世界に存在する――、ということはないだろう、とわたしは思う。

 「ない“だろう”」という推測的表現をしたのは、それが証明不可能だからだ。いわゆる「悪魔の証明」と呼ばれるのもので、存在しないことを証明することは極めて困難だからだ。

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photo credit: Eneas via photopin cc

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 「私は彼が自動機械でないと信ずる」というのは、かくしてそのままでは、いまだいかなる意義ももってはいない。私の彼に対する態度は、魂に対する態度である。私は、彼には魂があるという意見をもっているのではない。

 

 先月末、男子大学生が交際相手の女子学生に自殺をそそのかした自殺教唆の容疑で逮捕され、その後検察側の勾留請求が東京地裁に却下され保釈されるという出来事があった。

 男子学生は交際相手の女子学生に無料通信アプリ「LINE(ライン)」を使って「お願いだから死んでくれ」「手首切るより飛び降りれば死ねるじゃん」などとメッセージを送信し、翌日未明に女子学生は自宅マンションの8階から飛び降りて死亡した。

 数日後、警視庁に男子学生が自殺に追い込んだという情報提供があり、同署がLINEの記録を調べたところ自殺をそそのかすメッセージが見つかったため男子学生を逮捕した。しかしマスコミの報道によると、女子学生は以前から自傷行為を繰り返し自分の手首の写真をTwitterに晒すなど精神的に不安定なところがあったようだ。こうした背景的文脈を考慮して保釈されることになったのだろう。

 以前に女子中学生の自殺について取り上げたときにも述べたが、LINEやTwitterといったSNS(ソーシャルネットワークサービス)がらみの事件は舞台装置がいかにも現代的で、かつSNSそのもので情報が拡散しやすいので大きく取り上げられ話題にされがちである。しかし事の本質は昔とさほど変わらない。つまり自殺の原因や背景は人間関係や社会的・経済的・精神的状況にあり、そのきっかけや道具がそのときどきによって違ってくるに過ぎない。

 しかしそうは言っても、今回の出来事で少し気になったことがある。

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