photo credit: brtsergio via photopin cc

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NHK「あさイチ」で孤立したひきこもりや高齢化したニートを意味する「SNEP(スネップ)」を紹介

 24日放送の「あさイチ」(NHK総合)で、孤立無業者を指す「SNEP(スネップ)」を紹介した。

 この日の番組では、女性の孤立・ひきこもりについて特集したが、その中で「SNEP」について紹介。

 「SNEP(Solitary Non-Employed Persons)」とは、ひきこもりや高齢化したニートなど孤立無業者を指す新しい定義で、(1)20歳~59歳である、(2)現在結婚していない、(3)仕事をしていない、(4)2日以上ひとり、もしくは家族としか話さない、のすべてに当てはまるとSNEPに該当するのだという。

 番組では、こうしたSNEPは2011年に162万人にのぼり、この10年でおよそ2倍に増えていると伝えた。

 人間は言葉を使う動物で、言葉で現実を認識する。

 ただ認識対象が自然現象だといいが、社会現象だとやっかいな問題が生じる。

 例えば、「ニート」。もともと社会科学上の言葉で、学問の世界の専門用語だったが、語感(?)がいいのでまたたくまに世間に広まった。

 そうなると、「ニート」なるものがあたかもモノのように実在するかのように認識される。しかも、マスコミやネットなどが面白おかしく煽るものだから、しだいに学問的定義や実態はどうでもよくなってくる。しまいには、差別や偏見が入り込み、「あー、ニートねw」と他人を刺激して挑発する便利な道具になる。

 勝手に言わせておけばいい、ということもあるが、自分はそれでもいいかもしれないが、周りはそうはならない。いったん「ニート」と認識されると、「あ~、ニートねw」ということで、暮らしぶりからライフスタイル、行動様式、はては人間性まで臆断される。そしてそれをもとに、周囲の対応や態度が決まっていく。

 私的な人間関係だけでなく、企業や役所などとの公的関係にも影響が及ぶ。就職の面接のさいに「ああ、ニートねw」となれば、だいたいたいの対応は決まってくる。

 こうなってくると、勝手に言わせておけばいい、ではすまなくなってくる。つまり、自分の意図とは無関係に、「ニート」という言葉と“対決”しなければならなくなる。

 しかし世間に浸透すればするほど、言葉の力は圧倒的になり、いろいろなことがその言葉に従って一方的に決められてくる(硬い言葉で言えば、「構造化」「制度化」してくる)。

 ただ、学問的意義や政策的意義はどうあれ、少なくとも自分の「内面」、あるいは心(ココロ)や魂(タマシイ)がそうした言葉に囚われるのはバカバカしい。人生は短すぎてそんなヒマはない。

 どうせ囚われるなら、「タマシイの入った言葉」――つまり「コトダマ」――の方が“囚われがい”がある。

 もし游泳を学ばないものに泳げと命ずるものがあれば、何人も無理だと思うであろう。もし又ランニングを学ばないものに駈けろと命ずるものがあれば、やはり理不尽だと思わざるを得まい。しかし我我は生まれた時から、こう云う莫迦(ばか)げた命令を負わされているのも同じことである。
 ……我我は人生と闘いながら、人生と闘うことを学ばねばならぬ。こう云うゲエムの莫迦莫迦(ばかばか)しさに憤慨を禁じ得ないものはさっさと埒外(らちがい)に歩み去るが好い。自殺も亦確かに一便法である。しかし人生の競技場に踏み止まりたいと思うものは創痍を恐れずに闘わなければならぬ。

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『コトダマ新聞』の主筆(代表)です。時流に流されずに死生観をめぐる文化論にまで掘り下げて考察したいと思います。

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