photo credit: naoK via photopin cc

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継がれず無縁、さまよう墓石 不法投棄続々、墓の墓場も

 先祖代々受け継がれてきた墓が受難の時を迎えている。墓守が絶えた無縁墓から撤去された墓石は、慰霊の場を離れ、さまよう。人里離れた山中に“墓の墓”が現れ、不法投棄も後を絶たない。

 高松市のJR高松駅から車で30分の山中に“墓の墓”がある。約1ヘクタールの空き地にコンクリートで固めた最大幅100メートル、高さ15メートルの扇状の巨大なひな壇が設けられ、壇上に墓石1万基が並ぶ。

 「古石材預り所」と称する管理者(52)によると、中四国や関西の寺から撤去された墓石を石材店などの業者が持ち込んでくる。家庭の事情で墓を引き払い不要になった墓石のほか、無縁墓もある。1基1万円で受け入れ、最近は年300基ほど集まる。クレーン機で石を整然と並べ、定期的に雑草をとる。「ここ数年でどんどん増えている。もうけはないが、やめたくてもやめられない」。まだ9万基収容できるという。

 一方、不法投棄された“墓の山”もある。兵庫県南あわじ市の山中には推定1500トンの墓石が山積みにされ、山の頂は高さ4メートルに達する。6月半ば、県淡路県民局の職員3人が墓石に合掌しながら現場を見て回った。

 「比較的新しい墓もある。墓碑銘から、代々にわたり大切にされてきたんだろうなと思わせる墓もあります」。県民交流室の小塩浩司環境参事は言う。  墓石の不法投棄は昨年も広島県、京都府内で見つかり、ここ5年の間に茨城、千葉、兵庫など各県で業者が逮捕されている。

 不要になった墓石は通常、寺や霊園、石材業者が預かるか、処理業者が破砕処分する。だが別の方法をとる業者は少なくない。関東の石材店の社長は「破砕には手間と金がかかる。たたりを恐れて処分しない業者もいる」と話す。

 

霊園は散歩に最適

 以前、東京の谷中霊園に行ったことがある。

 墓参りではなく、近くに用事で行ったさいについでに散歩がてら立ち寄った。

 谷中霊園は雑司ヶ谷、青山と並んで東京三大霊園の一つと言われることもある由緒ある霊園だ。

 当然歴史上の著名人の墓も多く、徳川家15代目将軍慶喜を始め、鳩山一郎元首相、実業家の渋沢栄一、画家の横山大観、作家の円地文子、詩人の上田敏、法学者の穂積陳重、俳優の森繁久彌などなど。

 谷中霊園には、著名人の墓参りを趣味にしているいわゆる「墓マイラー」が訪れることも多い。

 ただわたしは著名人の墓が目当てで訪れたわけではない。霊園は静かで緑が豊かなので、ゆっくり散歩するのにはとてもいいところだ。たぶん心を落ち着かせ、心身をリフレッシュするヒーリング効果もあるだろう。

 ただ谷中霊園は中の墓所が複雑に入り組んでいて、漠然と散歩しているとどこにいるのか分からなくなる。わたしも中で迷子になってしまって、入ってきたところに戻るのに四苦八苦してしまった。

 谷中霊園は歴史ある霊園なので、代々受け継がれている名家と覚しき荘厳で立派なお墓は多い。ただ、現在でもある程度手入れされていれば見栄えはよいが、もはや訪れる人もなく荒れたまま放置されていると逆に哀愁が漂う。

 とりわけ建てたときの威容が目に浮かぶような立派な墓が今では地震のときに倒れたまま雑草に埋もれているのを見ると、どうしても『平家物語』の冒頭の一節を思い出してしまう。
 

自然の中で風雪に曝された墓石ほど“霊魂”が感じられる

 上で紹介した記事では、墓守が絶えた墓や無縁墓の墓石が破砕処理されずに“墓の墓”に集積されたり、あるいは不法投棄されて山積みされたりしている事例を紹介している。墓守が絶えた墓や無縁墓は今後も増えていくだろう。

 鈴木岩弓東北大学大学院教授のグループが2011年に実施した『お墓に関する意識調査』(*)によると、「お墓を守るのは子孫の義務か」という問いに対して、全体で52.5%の人が「そう思う」と答えている。ただしやはり年齢層が下がるに従いそうした意識は薄れて、80代以上では約74%の人が「そう思う」と答えているのに対し、20代、30代では約40%にとどまる。

お墓を守るのは子孫の義務か

 
 また、「どのような形態の墓に入りたいと思うか」という問いに対しては、80代以上では「先祖代々のお墓」が63%を占めるのに対して、20代では約30%と大幅に下がる。代わりに多いのが「今の家族と一緒に入るお墓」で、「夫婦だけで入るお墓」も含めると20代で6割、30代~60代でも4割程度にのぼる。また30代では「お墓に入りたくない」という人も約15%いる。

どのような形態の墓に入りたいと思うか

 
 こうしてみると、先祖代々のお墓を守る「墓守」という観念そのものが失われつつあるように推測される。そうするとやはり「墓」または「墓石」の管理のあり方を公共的な管理も視野に入れて今一度再検討してみる時期に来ているだろう。

 ただ、個人的趣味で恐縮だが、長く自然の中で風雪風雨に曝されて摩損した墓石は割と好きである。単純に味があって趣深いというだけでなく、その方がむしろ霊や魂を“直に”感じられる気分がする。  破砕できずに不法投棄するぐらいなら、むしろどこかに広大な霊園を作ってそうした墓石だけを集めて“霊魂が感じられる場所”にしてはどうだろうか。

 明るい日中ならば、散歩にとてもよいだろう。

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『コトダマ新聞』の主筆(代表)です。時流に流されずに死生観をめぐる文化論にまで掘り下げて考察したいと思います。

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