photo credit: d'n'c via photopin cc

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 先月末にある雑誌(近刊)の取材を受けた機会に、改めてコトダマの里の企図について簡単にまとめてみたのでご参照いただければ幸いである。

自分にはやらねばならぬことがある

 ここで若干補足しておきたい。

 「魂」という言葉の辞書的な意味は、以下のようになっている。

魂(たましい)

  1. 動物の肉体に宿って心のはたらきをつかさどると考えられるもの。古来多く肉体を離れても存在するとした。霊魂。精霊。たま。万葉集(15)「―はあしたゆふべに賜ふれど吾が胸痛し恋の繁きに」。宇津保物語(嵯峨院)「―や草むらごとに通ふらん野辺のまに鳴く声ぞする」。「―が抜けたような姿」。
  2. 精神。気力。思慮分別。才略。大鏡(師輔)「御舅達の―深く、非道に御弟をばひきこしまうさせ奉らせ給へるぞかし」。「―をこめる」。
  3. 素質。天分。源氏物語(絵合)「筆取る道と碁打つことぞ、あやしう―のほど見ゆるを」。「三つ子の―百まで」。

 

  1. 生きものの体の中に宿って、心の働きをつかさどると考えられるもの。古来、肉体を離れても存在し、不滅のものと信じられてきた。霊魂。たま。「―が抜けたようになる」「仏作って―入れず」。
  2. 心の活力。精神。気力。「仕事に―を打ち込む」
  3. それなしではそのものがありえないくらい大事なもの。「刀は武士の―、鏡は女の―」
  4. (多く「…だましい」の形で)そのもののもつ固有の精神。また、気構え。「大和(やまと)―」「負けじ―」
  5. 思慮。分別。「いみじう―おはすとぞ世人に思はれ給へりし」〈大鏡・道隆〉
  6. 素質。天分。才気。「筆とる道と、碁うつこととぞ、あやしう―のほど見ゆるを」〈源・絵合〉
  7. 《武士の魂とされるところから》刀。

 
 宗教的ないしスピリチャルな文脈では、「霊魂」(広辞苑1、goo辞書1)の意味で用いていることが多いだろう。日常的な文脈では、「精神」「気力」(広辞苑2、goo辞書2)の意味が比較的多いと思われる。ただそれに加えて、「それなしではそのものがありえないくらい大事なもの」(goo辞書3)、「(多く「…だましい」の形で)そのもののもつ固有の精神。また、気構え」(goo辞書4)の意味で使われることも多い。

 わたしは基本的に上記の「精神」「気力」の意味を中心に用いているが、もちろんそれ意外の意味も含意している。重要なのは、「心」という概念と似ているが同じではなく、「心」にプラスアルファの要素が加わった概念であるということである。(ちなみに「脳」はまったく別次元の概念である。)

 上であげた「無名の物語」のためにでは「心+力(エネルギー)」としているが、なぜエネルギーが生じるかというと、もちろん身体的・生理的・生物的・物理的エネルギーがベースにある。草原でライオンやチーターがターゲットの獲物めがけて疾走しているさまは「魂入っているな」という気がする。ただ人間の場合はそれだけではない。というか、それだけでないところが重要である。

 人間の場合、「自分にはやらねばならぬことがある」という観念もしくは心情が重要である。「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂」(吉田松陰)である。そのような観念・心情によって、身体的・生理的・生物的・物理的エネルギーが惹起される。

 「魂への共感」と呼べるようなことは、基本的にそうした観念・心情への共感による。ただ、そうした共感を媒介しているものがえてして「論争的」である。吉田松陰の場合は文字通り「大和」である。

 この論点は「魂」という概念を考えるうえで重要であり、後日改めて考察してみたい。

 

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『コトダマ新聞』の主筆(代表)です。時流に流されずに死生観をめぐる文化論にまで掘り下げて考察したいと思います。

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