コトダマの里のAzuAzuです。立春を過ぎたらまた厳しい寒さが戻りってきましたが、皆様にはいかがお過ごしでしょうか。

 さて先日、わたしの母親から「友だちがサークルの仲間と一緒に『グループハウス』への入居を検討している」ということを聞きました。

 それでわたしが勘違いして「へー? 友だちみんな認知症なの?」と聞き返したら「違う違う。『グループホーム』じゃなくて『グループハウス』。まだみんな元気だけど一人暮らしで何かと不便で不安だから、共同生活してお互い助け合いましょう、ということらしいよ。」

 ふーむ、「グループホーム」と「グループハウス」は違うらしい…… 気になったのでちょっと調べてみました。

 そういえば最近「シェアハウス」という言葉もよく見聞きします。以前日テレのドラマでもやってたし。

シェアハウスの恋人(日本テレビ)

シェアハウスの恋人(日本テレビ)

 ちょっといろいろな言葉があって紛らわしいですね。調べてみたら、似ているようでちょっと違ういろいろなタイプがあるみたいです。

  • グループホーム
    主に認知症の高齢者が介護サポートを受けながら共同生活をする。
    (以下、コトバンク「グループホーム」より引用)
    認知症の高齢者が少人数で介護スタッフと共に共同生活を行う住宅。ゆったりとした環境で共同生活をすることで、認知症に伴う行動障害が和らぐとされ、北欧で始まり、日本でも宅老所という形で行われていたが、介護保険で「認知症対応型共同生活介護」としてサービスの対象となった。
     
  • グループハウス・グループリビング
    比較的健康な高齢者が仲間同士で助け合いながら共同生活をする(下宿、アパートなど様々なタイプあり)。
    (以下、goo辞書「グループリビング」より引用)
    ひとり暮らしのお年寄りや老夫婦などが、気の合った仲間と助け合いながら共同生活をする暮らし方のこと。「グループハウス」とも呼ばれる。比較的健康な高齢者が主体で必ずしも介護者が同居するとは限らない点で、「グループホーム」とは区別される。
     
  • シェアハウス
    複数の人(世帯)が一つの賃貸住宅を共有して生活する。
    (以下、コトバンク「シェアハウス」より引用)
    一つの賃貸住宅を複数人で共有して暮らすこと。欧米では広く普及している居住形態で、英語の「シェアードハウス」をもとにした和製英語である。リビング、キッチン、バス・トイレは共有スペース、寝室は各人の占有スペースとするシステムが一般的で、必要最低限の家具や家電は整備されている場合が多い。
     
  • コレクティブハウス
    複数の人(世帯)が独立した住居を持ちながら食堂などを共有して生活する。
    (以下、コトバンク「コレクティブハウス」より引用)
    スウェーデンに多く見られる、共同生活を営む集合住宅。共同の食堂や保育室などを持つが、それぞれの住宅は各戸に台所、浴室、トイレを備えた独立したもので、いわゆる寮とは異なる。
     

 
 グループホームグループハウス(グループリビング)の違いは、制度としては前者は専任の介護者が同居しますが後者は必ずしも同居していない、同居者のタイプとしては前者は主として認知症の高齢者、後者は比較的に元気な高齢者、ということのようです。またグループハウス(グループリビング)は、一人暮らしの女性の高齢者が気の合う仲間と一緒に始めるケースも多いようです。

 最近話題になることが多くなっているシェアハウスは、もともとは外国人旅行者向けのゲストハウスや若者向けユースホステルの流れから来ているので、どちらかというと若い人に利用者が多いイメージがありますが、最近は高齢者向けや多世代同居型のシェアハウスも増えてきているようです。高齢者向けシェアハウスは上記のグループハウス(グループリビング)と実質的に変わりないようですので、最近はシェアハウスという呼び方でひとくくりにされることが多いようです。

 上の産経の記事では、山間の集落で古民家を利用したシェアハウスと、都市部の一般住宅を改装したシェアハウスが紹介されています。古民家の方は敷地約2500坪! 「敷地には畑のほか、竹林、梅や栗の木が生え、四季折々の自然の恵みを収穫することができる」そうです。

 えー、DASH村みたい。いーなー、おひとりさまが確定しつつあるわたしも将来住んでみたいです!

『DASH村』(日本テレビ)

『DASH村』(日本テレビ)

 こうした高齢者向けシェアハウスはどちらも食堂など共有できるところは共有し、また役割分担しながら自分たちでできることは自分たちでこなし、それによって費用を押さえながら、食事などを共にすることによって会話や交流を楽しみ、それと同時に一人暮らしの不安を解消したり認知症の予防につなげたりしているようです。

 それだけ聞くといいことだけのような気もしますが、やはり共同生活につきものの軋轢やトラブルはあると思います。結局、ルールやマナーを守り、お互いのプライバシーも尊重しながら、共同社会をエンジョイしましょう! というのはどんなところでも一緒ですね。

 いくつか記事を読みながら思ったのは、「一緒に食事をする」ということは人間の共同生活にとってとても重要なんだな、ということです。

 日本では「同じ釜の飯を食う」という言い方で共同生活に根ざす強い連帯感や帰属意識を表していますし、英語の似たような表現”drink from the same cup”はキリスト教の信仰的意味も含まれてさらに一層強いつながりを意味しています。

 つまり、一緒に食事をして、その日にあったことを報告しあったり、雑談したり談笑したり、つまり「交流」することは、たんに楽しいとか寂しさを紛らわせるとかだけでなく、人と人とのココロとタマシイのつながり(絆)を生み出す重要な営みなのでしょう。

 そうすると、本来は「一緒に食事をする」のが当たり前の「家族」の食卓が、最近はいわゆる「孤食化」が進んで「一緒に食事をする」機会が乏しくなっているのは問題です。共働き世帯が増えたとか、親は残業で子どもは塾で忙しいとかもあるかもしれませんが、最近は携帯やスマホが元凶だったりします。

食事中にスマホ

食事中にスマホ(いらすとや&Azu)

 一緒に食事をとることもない、一日中ほとんど顔を合わせることもない、会話もない…… そうであれば、「家族」ってなんだろう…… と考え込んでしまします。

 ちなみに最近は家族を持ちたくても持てない人を「家族難民」と言うらしいです。それで久保田裕之日本大学准教授は「家族に過剰に頼らない人間関係の構築」をこれからは考えるべきで、そのために若いうちにシェアハウスで他人と共同生活をする経験を積むべきだと述べています。

日本に増える「家族難民」 シェアハウスが救う?

「一緒に暮らすという経験の中から、たとえ他人であっても助け合える存在だと気づいていく。人の話を聞いたり、人に明るく接したりすることにも意識が向く。日本は家族神話がはびこり、人間関係が、どこまでも助け合うべき『家族』と、一切助け合えない『家族以外』に分断されている。子育ても介護も、万能装置であるかのように家族に負う部分が大きく、問題も生まれている。学生寮や社員寮などから始め、若いうちからもっと家族以外のつながりの中で暮らす訓練が必要だと思います」(久保田裕之日本大学准教授)

 これからは「“家族”だから“一緒に食事をする”」ではなく「“一緒に食事をする”から“家族”」という時代になっていくかもしれませんね。

 

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