六車由実 民俗学が介護と出会うとき(出典:NHK福祉ポータル ハートネット)

六車由実 民俗学が介護と出会うとき
(出典:NHK福祉ポータル ハートネット)

 先日、コトダマの里をかねてよりご支援いただいている方から、六車由実さんの『驚きの介護民俗学』という本を知っているか、というメールをいただきました。

 じつはこの本はコトダマの里を2012年に始めた当初参考にした本の一つで、当時大変感銘を受けました。今回問い合わせいただいたのを機会に改めてご紹介しておきたいと思います。

『コトダマ物語/コトダマレター』作成のために行う「インタビュー」について

 そのまえに、前座で前ふりを一つ。コトダマの里では『コトダマ物語/コトダマレター』を作るときにお客様ご自身で原稿を作成する「自作プラン」と、コトダマの里のスタッフがお客様にアンケート/インタビューをしてそれを元に原稿(原案)を作成し、お客様と内容について相談・意見交換を繰り返しながら“二人三脚”で仕上げていく「作成支援プラン」があります。

 作成支援プランではさらに「アンケートコース」「インタビューコース」があります。アンケートコースでは、お客様のライフヒストリーや思い出、そして「タマシイのエピソード」(自分の生き方を方向づけた決定的な出来事や思い出)などに関する質問をあらかじめ記載した用紙を用いて、そに答えを記入していただく形で原案を作成します。インタビューコースでは、インタビュアーがお客様に直接会って上記の事柄をお伺いして、お客様に話していただいたことを元に原案を作成します。

 インタビューではスタッフ2名でお話を伺いますが、このとき1名はもっぱらインタビューをする係、もう1名はメモや記録をとる係になります。このスタイルは学術的なインタビュー調査の一般的なスタイルで、ちなみにRyuさんは「専門社会調査士」という調査法の専門資格をもっています。(余談ですが、わたしは大学で心理学を専攻していたのですが、そのような資格が存在することは知りませんでした(笑)。すみませんm(_._)m)

高齢者の話を「傾聴」するだけでなく「聞き書く」ことの意味

 「文化人類学」や「民俗学」ではそれぞれ独特のスタイルの調査方法があるようです。六車さんが『驚きの介護民俗学』で紹介している「聞き書き」という方法もその一つでしょう。

 著者の六車さんは東北芸術工科大学の民俗学の准教授をしておられましたが、2008年38歳のときに大学を辞めて故郷のデイサービス施設に介護職員として働き始めたそうです。

 全然畑違いの転身にも驚きですが、老人ホームで介護に従事する中で「介護と民俗学の出会い」に新たな可能性を見出したというのも常人ならざる感性を感じます。

 ところで、介護現場では、お年寄りの人生経験や思い出をひたすら傾聴する「回想法」という確立した心理療法があります。「心理療法」ですから、高齢者の「心の安定と健康」をはかるのが目的で、認知症の改善や抑鬱状態の緩和などに一定程度効果があるようです。

 回想法では高齢者の話をひたすら聞くことに集中して内容のメモを取ったりしてはいけないのですが、六車さんが老人ホームで始めた「聞き書き」という方法は、高齢者の話をメモにきちんと書き取ります。

 というのも、聞き書きは「治療」(心理療法)が目的ではなく、「記録」が目的だからです。回想法は子どもの頃の楽しかった出来事や経験などを思い出して、それを他人に話をすることそれ自体が憂鬱な気分を解消したり頭の刺激になったりするという効用があるのでしょう。

 ただ六車さんはこうした効用云々からひとまず離れて、老人ホームのお年寄りの口から語られる生活史や人生経験が純粋に「民俗学的」な意味で面白く、「学問的好奇心と探究心」から聞き書きを始めたのだそうです。

 介護民俗学での聞き書きは、利用者のこころや状態の変化を目的とはしない(というより変化を指標にしたらおそらく「聞き書きは効果なし」という結果しか得られないだろう)。聞き書きでは、社会や時代、そしてそこに生きてきた人間の暮らしを知りたいという絶え間ない学問的好奇心と探求心により利用者の語りにストレートに向き合うのである。

 

「へー!」「ほー?」思わず唸る高齢者の生活史

 実際に、『驚きの介護民俗学』で紹介されている高齢者の方の話は思わず「へー!」「ほー?」と唸る(?)こと受け合いです。

『驚きの介護民俗学』著者は語る

 「たとえば、私がデイサービスで出会ったある宮崎出身の男性は、高度経済成長期の『漂泊民』でした。その方は、戦後、発電所から各村々に電線を引く仕事で、技術者グループの家族も含め十数名の大所帯で、村から村へと20年間まわっていたというのです。『家がないのは子供に申し訳なかったが、収入もよく一番楽しかった頃だ』と語ってくれました。民俗学で漂泊民というと、芸能民、宗教者、猟師、もしくは被差別民の話が大半ですから、こんなケースは初めて知りました。」

 
 六車さんにとって、お年寄りの生活史や人生経験は単純に「へー!」「ほー?」と唸るような「驚き」を与えるものだったのでしょう。ただそれだけでなく、そこにはお年寄りの「言葉」の一つ一つを大切にする六車さんの民俗学者としての姿勢があったのだと思います。

「年寄りをナメるな!」老人ホームで聞こえた、人々の生活史『驚きの介護民俗学』

 例えば夕方になると「帰りたい」と言い、徘徊をはじめるハルさん。「たそがれ症候群」といわれ、認知症高齢者によくある症例のひとつだ。

 「私は家に帰ってご飯の支度をしなきゃいけないのよ。私が帰らなきゃ子どもたちがみんな困るじゃないの。だから私を家に帰してちょうだい」

 「お母さんが病気で家に一人でいるの。だから帰らなきゃならないの」

 もちろん、そんな事実はないのだから、彼女の言葉は「ボケ」の典型的な症例に過ぎない。しかし、六車はそんなハルさんの言葉から、徘徊する背景を「家族のために一生懸命働いてきたハルさんの生き方が垣間見える」と肯定する。認知症だからといって、決して老人たち本人にとっては支離滅裂な言葉をしゃべっているわけではない。記憶が混濁していても、彼らには彼らなりの必然性を持った言葉を話している。六車は、そんな老人たちの言葉に対して真摯に向き合う。

 

消えていく膨大な言葉を“伝え残す”

 ただこうしたことを民俗学のフィールドワークではなく介護の現場で行うことは並大抵のことではないと察します。

 実際、六車さんは多忙と疲労を極める介護のかたわらこうした聞き書きを行うことの葛藤や軋轢を本書で繰り返し述べています。本書に引用されている介護現場の人の話はそうした思いを率直に言い表していると思います。

「話を聞くことが介護なの?私は長い間ヘルパーをしてきたけれど、じいちゃん、ばあちゃんはみんな話したくてたまらないのよ。それで延々と話をしてくるの。でもね、そんなことを本気で聞いていたら仕事がまわらないじゃない。」

 
 ただ逆に言うと、介護の現場で忙しさに追われて聞き流され、消えていった膨大な言葉の中にじつは書き留めるに値する、「へー!」「ほー?」と唸るような「驚き」を与える生活史や人生経験があるという洞察が六車さんの介護民俗学の出発点なのだと思います。

 コトダマの里は直接民俗学の手法を活用するわけではありませんが、たんに手法というよりはその姿勢という点で一つの教科書として、コトダマの里の“タマシイの糧”として活用させていただいております。

 そしてコトダマの里はどちらかというと高齢者――に限らず若い世代の人も含めて――の生活史や人生経験を電子書籍などの新たな技術を活用して「伝え残す」ことに力点を置いています。というのも、それは現在生きている人にとって「驚き」であるだけでなく、10年、20年後、あるいは50年、100年後の人にとっても「驚き」であるはずだと思うからです。

 最後に余談ですが、六車さんが本書を書くに至った経緯が以下の記事で詳しく紹介されています。

 大学で准教授として教鞭を執るかたわら、著書『神、人を喰う――人身御供の民俗学』で2003年サントリー学芸賞を受賞し、新進気鋭の民俗学者として将来を嘱望されながら、大学を辞めて故郷の沼津に帰り、ハローワークに行ってホームヘルパー2級の講習を受けて資格を取得し、県内の特別養護老人ホームに就職して介護で重労働の日々……

 世の中すごい人っていますよね。わたしにとっては六車さん自身のライフヒストリーが一番驚きでした。コトダマの里の男性陣はその根性を少しは見習ってもらいたいと思わず深いため息をついてしまう今日この頃です。

六車由実『驚きの介護民俗学』(出典:Amazon)

六車由実『驚きの介護民俗学』
(出典:Amazon)

 

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