あけましておめでとうございます。コトダマの里のAzuです。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 さて、お正月休みは故郷に帰省されてゆっくり過ごされた方も多いと思います。わたしは実家が近くにあるのでふだんとあまり変わらないのですが、この機会に懸案だったマンガ、アニメ、ラノベなどをじっくり堪能いたしました。

 とくに良かったのはアニメの『蟲師』

 以前漫画の原作について少しだけ紹介しましたが、アニメの方は『まんが日本昔ばなし』と『ムーミン』を足して2で割ったような雰囲気で、とても心が癒やされます。

 最近は“クールジャパン”の掛け声とともに政府も日本の漫画やアニメの海外への売り込みに熱心ですが、それにもっともふさわしい作品の一つだと思います。子どもだけでなく大人やシニアの方にも自信をもっておすすめできる作品ですので、機会があったらぜひ見てください!

 ……などと思いながら、コタツに入ってミカンを食べながらゴロゴロとしていたら、「いい歳してオタクなんだから……」と母親にため息をつかれてしまいました。

 「え? わたしって“オタク”なの?……」

「オタク」と「にわかオタク」の違い

 わたしは自分自身では「オタク」だとは思ってはいないのですが、母親から見ると立派な「オタク」のようです。というか、もしかすると世間から見ても立派な「オタク」なのか?……

 そこで少し気になったので「オタク」の定義についてちょっと調べてみました。すると、やはりと言うかなんと言うか、いろいろな人がいろいろなことを述べています。

 そのなかで、岡田斗司夫さんの『オタク学入門』で示された「古典的定義」がわたしの周囲にいる人の観察に照らしても一番腑に落ちます。

 岡田斗司夫によれば、オタクには以下のような眼(観点)を持つ必要があるという。(「オタク学入門」より)

  • 粋の眼(自分独自の視点で作品中に美を発見し、作者の成長を見守り、楽しむ視点。)
  • 匠の眼(作品を論理的に分析し、構造を見抜く科学者の視点と技を見抜く職人の視点)
  • 通の眼(作中を通して見える作者の事情や作品のディティールを見抜く目)

 SFオタクだった岡田が中学生の頃は、オタクになるには最低でも1000冊ものSF小説を読まなければいけなかったという。その1000冊というのも、あくまで最低ラインであり、全く面白くない作品や未翻訳(英語、ロシア語など)の作品まで読まなければいけなかった。こうした、ある種の修行(もしくは苦行)のような行為をしなければ「オタク」などとても名乗れなかった。

 

[1月20日追記]
 ただいま何やら岡田斗司夫さんが「愛人リスト流出騒動」(?)で世間を騒がせているようです。真偽のほどは定かでありませんが、上記の引用の中で「1000冊は最低ライン」とあるように数へのこだわりがある方なのかなとふと思いました。

 つまりわたしなりに一言で言うと、「オタク」は「向学心」がある人です。

 つまり「オタク」の人は、対象となる作品が何であれ、その作品のバックグラウンドに関するムダ知識が非常に多いのが特徴です。わたしのように作品の世界に没頭して満足するだけに留まらないのです。

 例えばアニメであれば、(本物の)「オタク」かどうかを見分けるのは簡単です。すなわち、その作品の声優と制作スタッフの名前をスラスラ言えれば「オタク」です。(逆に言えなければ本物の「オタク」ではない。)

 いわゆる「にわかオタク」の人は、いくら作品が好きでも声優、監督、脚本家、プロダクションなどその制作背景にはあまり関心がないことが多いです。ところが「オタク」の人は作品そのものだけでなくそうした制作背景に異常に詳しい。しかもそれについて語り出すと止まりません

 つまり、「オタク」と「にわかオタク」のあいだには本質的な違いがあります。そしてこの質的な違いが量的な格差(知識量・購買量)として現れるのです。わたしなどは、とてもとても及びません。

 世間的には家でアニメや漫画を見ながらゴロゴロしていると「オタク」に見えるのかもしれませんが、それはたんなる「出不精」です。

 

「オタク」と「ファン」の違い

 さらにもう一つ。これもわたしの周囲の観察によると、「オタク」と(本来は)「ファン」「フェチ」とでも言うべき人たちとも質的な違いがあります。

 例えばアニメで言えば、アニメの作品そのものよりもその作品のキャラクターや声優の熱狂的なファンになる人(俗称「キャラ厨」「声豚」)がけっこういます。ちょうどジャニーズやAKB48のようなアイドルの熱狂的なファン(俗称「ドルオタ」)と同じ感じです。

 そして「オタク」の人は対象に対して努めて冷静で客観的であろうとしているように見えるのに対し、「ファン」の人は逆に盲目的で主観的であろうとしているように見えます。「オタク」は「なぜそれが優れているのか」を蕩々と語るのに対して、「ファン」は「いかにそれが好きか」を嬉々として語ります。

 それと、わたしが知っている範囲では「オタク」の人も「ファン」の人も金払いがよい(生活費を削っても買う)のですが、「オタク」の人の金払いの仕方には「好奇心と知識欲」を感じる一方で、「ファン」の人の金払いの仕方には「愛と献身」――または無意識のリビドー――を感じます。

 例えばわたしの知り合いにジャニーズファンの方がいるのですが、わたしから見るとなぜそこまで身を捧げるのか理解が及ばないところがあります。

 そうすると、この「オタク」と「ファン」の質的な違いもやはり量的な格差として現れるのではないでしょうか。

 

惜しみなく愛は奪う

 じつはこの直感を裏付けるようなデータを見つけたので、紹介しておきたいと思います。

 以下のデータは、矢野経済研究所『「オタク」市場に関する調査結果2014』(2014年12月9日プレスリリース)によるものです(若干他の調査データで補完しています)。

 報告書では「オタク」市場について、「一定数のコアユーザーを有するとみられ、『オタクの聖地』である秋葉原等で扱われることが比較的多いコンテンツや物販、サービス等を指す」としています。「オタク」市場を「秋葉原」を基準に定義するのは現場に即していると言えますが、ジャンルの選別に関しては異論がありうると思います(例えば「AV(アダルトビデオ)」市場は「オタク」市場なのか?)

 それはともかく、報告書の「市場概況」によると、「2013年度の『オタク』市場はアダルトゲームやAV(アダルトビデオ・DVD、ダウンロードコンテンツ含む)等、縮小傾向が続いている市場もあるものの、トイガン(エアソフトガン及びモデルガン)市場、アイドル市場、ボーカロイド市場等、前年度比でおよそ2割程度成長している市場もある。こうした市場に牽引され『オタク』市場全体としては好調に推移した」ということのようです。

「オタク」市場の規模
  • 矢野経済研究所『「オタク」市場に関する調査結果2014』のプレスリリースで月はアニメ/マンガ/ライトノベルの市場規模が公表されていないので、他の調査から補完した。なお一般社団法9人日本動画協会『アニメ産業レポート2014』によるとアニメの市場規模については関連市場も含めると1兆4913億日円(2013年)にのぼるとされている。

 さてこの調査データで注目したいのは、「『オタク』一人あたりの年間平均消費金額」です。見て分かるように、「アイドルオタク」(「ドルオタ」)の金額が飛び抜けて高い。一人当たり年間10万円近く支出しています。CD1枚1600円とすると60枚は買えます。

 この購買エネルギーを支えているのは、やはり「愛(リビドー)」ではないでしょうか。他にも「フィギュア」「ドール」の金額も比較的高く、これらにも「アイドル」と似たような「愛(リビドー)」を感じます。わたしとしては、これらは消費者心理としては「オタク」市場よりは「ペット」市場に近いのではないかと思います。

 以上をまとめると、「にわかオタク」と「オタク」のあいだには「知識欲」の壁が、「オタク」と「ファン」のあいだには「愛(リビドー)」の壁があり、これがそのまま購買力(エネルギー)の格差となって現れるのではないか、という仮説です。ただ、今のところ「ありまぁす」というレベルです。

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