The approach and cluster amaryllis of moss (Japanese scenery photograph wallpaper)

The approach and cluster amaryllis of moss
(Japanese scenery photograph wallpaper)

「タマシイの交流」としての弔い

 「死」は宗教の源泉であるが、「死者」の扱いは宗教によって様々である。

 西方のキリスト教文化やイスラム教文化では死者の処遇は神の管轄になるので、生者が与り知るところではない。神の裁きによって復活し永遠の命を得ることを祈るのみである。

 東アジアの宗教文化は、もともと「先祖崇拝」の伝統をもつ。死者(先祖霊)は本来的に神(天)に近い存在であり、生者(子孫)を救う側にある。それはときに尊崇の対象であり、ときに畏怖の対象である。ゆえに、死者(先祖)の弔いとは守護霊としての祖霊を畏れ敬うことであり、そのご加護を祈願することである。

 それに対し仏教では、死者は救われる側に位置づけられる。それは慈悲の対象であり、憐情の対象である。ゆえに、死者の弔いとは追善供養、追善回向によって輪廻転生の中で苦しみもがいている死者に自らの功徳を施すことである。

 このように死者の置かれた境遇は対極的ではあるが、いずれにしても死者のタマシイは現世とは別次元の霊的次元に存在する。そして弔いとは、その霊的次元との交流であり、死者のタマシイとのコミュニケーションである。ただし、このタマシイとのコミュニケーションには、ある特別の資格をもつ仲介者とそれによって執り行われる宗教的儀礼が必要である。

 ここで注目したいのは、この形式が現代的な感覚に合わなくなりつつあるのではないか、ということである。少なくとも、死者を弔うにしても、他者が介入しない、もっと直接的なタマシイの交流がありえてよいのではないのか。弔いのあり方はそれぞれの文化の文字通り「タマシイ」であるので、伝統は尊重しなければならないが、現代的な文脈に即した文化的オプションもあってよいはずである。

「タマシイを受け継ぐ」という弔い方

 そこで注目したいのは、中国の儒教文化の伝統である。

 よく知られているように、儒教は死について特別の関心を払わない。「未だ生を知らず、焉んぞ死を知らんや」である。儒教の関心はもっぱら生のあり方であり、儒教的な意味での倫理的人格の完成を目指す生き方である。その意味ではたしかに一般的な意味での宗教とは異なる。

 ただ儒教にとって死は無意味で死者は用済みの存在がと言うと、そんなことはない。死は人格の完成の途上に否応なく訪れる。それでも儒教の教えが意味あるものとなるためには、死者のそこまでの人格修養の努力と成果が正当に評価され、尊重されなければならない。

 儒教にとって弔いの儀礼はこの死者の努力と成果を顕彰する意味があり、現実的にはかなり仰々しく催されたりするが、本質はそこにはない。肝心なのは、残された生者がこの努力と成果を内面化し、人格完成の歩みを継承することである。つまり簡単に言えば、死者(親)のタマシイを生者(子)が受け継ぐことである。

 したがって、儒教において死者のタマシイとの交流は基本的に内面的なものとなる。すなわち、死者(親)の弔いとは生者(子)がその人格的な努力と成果を精神的に血肉とすることそのものとなる。ちなみに池澤優は、こうした儒教文化の特徴的な死生観は儒教的な「考」の倫理の一つの現れであると論じている。

 さて、中国の儒教文化から離れて現代日本の文脈の中で考えても、その死生観は死者のタマシイの弔い方について一つの文化的オプションを現代的文脈の中で提示していると思われる。

 すなわちそれは、端的に言えば、自己の生き方そのものが弔いである、という考え方である。そしてその生き方が本当に弔いたりえているかどうかは、死者と生者との内面的な交流(コミュニケーション)の中でのみ分かり合えることなのである。

 

スポンサーリンク

 

LINEで送る
Pocket

The following two tabs change content below.
『コトダマ新聞』の主筆(代表)です。時流に流されずに死生観をめぐる文化論にまで掘り下げて考察したいと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。


*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)