Kindle Paperwhite (source:goodereader.com)

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米国の書店オーナー達がAmazonと大手出版社を訴えていた電子書籍DRM問題、NY地裁が棄却

 米著作権ニュースサイト「Copyright and Technology」によると、今年2月に独立系3書店がAmazon社および出版大手6社を相手取り、電子書籍DRMが公正な競争を阻害しているとして訴訟を起こした件について、ニューヨーク連邦地裁が訴えを棄却した模様。

 訴訟を起こしていたのはBook House of Stuyvesant Plazaなどの独立系書店オーナーたち。Amazon社と大手出版社が作品をDRM保護していることが原因で、書店業界における電子書籍販売で不均衡が起こり、結果的にAmazonの競争優位につながっていると主張していた。

 棄却について、ニューヨーク連邦地裁の担当判事は、DRMの有無はAmazonの競争優位の根拠にはならないと判断を明らかにしている。

電子書籍ストアの「継続企業の前提」

 DRM(「デジタル著作権管理」Digital Rights Management)とは、電子機器上のデジタル・コンテンツ(音楽、映画、動画、書籍など)の著作権を管理し不正な利用を防ぐための技術の総称である。

 電子書籍で言えば、各電子書籍ストア(電子書店)からそれぞれが提供するアプリ、端末(Kindle、kobo、Sony Readerなど)を通じて購入・ダウンロードしたDRM付きの電子書籍はそのアプリ、端末でしか読めない。Kindleストアから購入した電子書籍はKindle(アプリ・端末)では読めるがkobo(アプリ・端末)では読めない。逆もしかりである。

 ということは、Kindleが使えなくなったらKindle本も読めないことになる。「Kindleが使えなくなったら」ということで現実的によくありそうなのはKindle端末が故障して使えなくなることである。実際わたしの持っているKindleはこのあいだ故障した。

 ちなみに余談だが、Amazonのサポートは「驚異的」だった。当然修理を依頼すべくKindleのカスタマーサービスページで「電話での問合せ」を選択したら、その十秒後ぐらいに電話がかかってきた。そして故障の状況や原因などについて若干のやりとりがあった後に代替品をすぐ発送するということになった。その間わずか数分。
 そしてわたしが持っていたのはKindle fire HD 16GBだったが、送られてきたのは32GBというオマケ付き。新型のHDXが発売されたのでHDを在庫処分したかったのかどうかは定かでないが、こちらとしてはラッキー!、である。

 食品偽装問題がなんとなくなあなあで収束がはかられそうな日本に対して訴訟社会のアメリカで鍛えられているからだろうか、いずれにしてもこのサポートぶりにAmazonの急拡大の理由を垣間見たような気がした。

 そのAmazonがいまDRMがらみで方々から叩かれている。紹介記事では、Amazonによる電子書籍のDRM保護が「書店業界における電子書籍販売で不均衡」を起こしていて「Amazonの競争優位」につながっている、とアメリカの書店オーナーたちが訴訟を起こしたが、ニューヨーク連邦地裁は「DRMの有無はAmazonの競争優位の根拠にはならない」として訴えを棄却したとのことである。

 Amazonが「競争優位」になったのはDRMとは関係なくそのサービス全体が消費者の支持を得たからであると思うが、DRMが「競争優位」を“加速”して最終的に「市場独占」をもたらす可能性は十分ありうる。

 DRMは電子書籍ストアに関して「継続企業の前提」の問題を消費者に意識させた。
 ある電子書籍ストアから電子書籍を「購入」したものの、そのストアが1年後に「閉鎖」(サービス停止)したら「購入」したはずの本が読めなくなる、ということは十分ありうる。
 本を端末にダウンロードしていればアプリ・端末がある限り読める可能性はあるが(ただそれが保証されているのかどうかは定かでない)、クラウド(ストアのサーバー)にある場合はどうなるのか。ストアの運営会社が存続して営業を続けている場合はあまり無責任な対応はできないと思うが、運営会社が倒産してしまった場合はどうなるのか。
 消費者としては少なくともこうした場合に利用の継続は保証されていないと思っておいた方が良いだろう。

 こうしたことから、DRM保護された電子書籍は、購入した紙書籍と同じような「所有資産」ではなく、「有効期限の明記されてないレンタルサービス」でしかない、という議論もある。

 したがって、レンタルサービスなのだからもっと安くしろ、ということにもなる。

 いずれにしてもこうなると、現存の電子書籍ストアを比較検討するさいには、本の価格やラインナップ、アプリや端末の性能などもさることながら、そもそも「どのくらい存続しそうか」ということが重要な判断材料となる。そうするとほとんど不可避的にごく一部の大手ストアに利用が集中していくことになる。

 かくしてDRMはたしかにAmazonの「競争優位」に拍車をかけることは十分考えられる。とは言っても、めまいがするほど急激に変化していくICT(情報コミュニケーション技術)の世界のなかではAmazonといえども「一寸先は闇」である。10年後、20年後にどうなっているかは誰も分からないだろう。

20年後にふと思い出してすぐ読める

 そう考えるとDRMの問題はたんにビジネス競争の問題ではなく、電子書籍の価値の源泉に関わるもっと根本的な問題であると言える。

 そもそも電子書籍に限らず、デジタルコンテンツに利用者が期待する最大のメリットは利便性と保存性である。保管に場所を取らず、移動に手間も取らない。いつでもどこでも簡単な手順で利用できる。そしてその中身は10、20年たっても、原理的には永遠に変わらない。

 当たり前だが、本の読者にとって必要なのは本そのものではなく、本の中身(コンテンツ)なので、その中身がこのような形で「電子化」されることは本当ならば両手を挙げて歓迎されるべきことであろう。20年後にふと思い出して昔の本を読みたくなったときに端末で検索すればすぐに出てきて読める。それこそ電子書籍の価値の源泉である。

 しかしながら、「もしかしたら中身ごと数年で消えるかもしれないメディア」というものはこうした利用者の期待に比べてギャップがありすぎる。

 ただしDRMは技術上の仕組みというよりは「制度上の仕組み」なので、それをどうするかは社会的コンセンサスないし「政治」の問題である。実際、フランスではDRM付き電子書籍に高い税率を課す法案が議会で可決されている。

仏議会、DRM付き電子書籍に高い税率を課す法案を可決

 米国の電子書籍ニュースサイト「The Digital Reader」によると、フランス議会は先週DRM付き電子書籍に高い税率を課す法案を可決したとのこと。

 この法案はもともと同国のグリーン党によって出されていたもので、DRM技術でユーザー囲い込みをはかるAmazon社やApple社の電子書籍を文化財の対象としないと同時に、国内の電子書籍ベンダーに完全クロスプラットフォームな電子書籍の制作を促す効果が期待している。他のEU加盟国のグリーン党でも同様の動きが見られるという。

 具体的な税率はまだ不明だが、DRMフリー作品よりいくらか価格が高くなることは必至だ。

 
 市販されるDRM付き電子書籍は経済財・市場財で文化財のような公共財ではないので公共的な保全・管理措置の対象にならないのは分かるが、利用者からすると税金分だけDRM付き電子書籍が高くなるのはイマイチである。

 DRMが著作権保護や商業的利益確保の観点から必要な仕組みであるというのは理解できるので、例えば電子書籍ストアのサービスが終了してもコンテンツは公共図書館で管理できるようにするとか、そうした観点と折り合う形で社会的、公共的にも共有管理できる仕組みを整えてもらいたいところである。

 いずれにしても、もしDRMゆえに「大切に保管しておきたい本は紙の本で、読み捨てでいいのは電子書籍で」という習慣や文化が定着したら本末転倒もいいところだとは思う。

 (ちなみにコトダマの里の電子書籍はDRMフリーである。)

 

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『コトダマ新聞』の主筆(代表)です。時流に流されずに死生観をめぐる文化論にまで掘り下げて考察したいと思います。

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