photo by 85mm.ch

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山形県調査でわかった「引きこもりの半数は中高年」 もはや欠かせない“高齢化・長期化”の視点

 地域の民生委員が把握している「引きこもり」該当者のうち、半数近くの約45%は40歳以上の中高年だった――そんな衝撃的な実態を浮き彫りにするデータが9月24日、山形県の公表した『困難を有する若者に関するアンケート調査報告書』によって明らかになった。

 調査を行ったのは、県の若者支援・男女共同参画課。

 同課は、今年4月から5月にかけて、県内すべての民生・児童委員等2426人に対し、同県民生委員児童委員協議会を通じてアンケートを配布、回収する方法で実施した。

 ……(中略)……

 調査対象としたのは、<おおむね15歳から40歳まで>と<おおむね40歳以上>で、
<仕事や学校に行かず、かつ家庭以外の人との交流をほとんどせずに、6ヵ月以上続けて自宅にひきこもっている状態の方>
<仕事や学校に行かず、かつ家族以外の人との交流はないが、時々は買い物などで外出することもある方>
と、2010年の内閣府による定義に沿っている。

 調査結果によると、受け持ちの地域内に<困難を有する若者>が「いる」と答えた民生・児童委員は、県全体で43%の937人。該当者の総数は、1607人だった。

 出現率は0.14%。町村部のほうが市部に比べてやや高い。このデータが実態を反映しているものなのか、町村部の民生委員のほうがより詳しく家庭内を把握できているからなのか。いずれにしても、都市部より町村部のほうが「引きこもる率」が高いのは、全国的な傾向とも一致する。
 同じように該当者の性別についても、男性が64%。女性が20%。無回答16%で、男性が女性の3倍以上を占めた。

 そして、今回の調査で最も注目したいのは、該当者の年代だ。

 40代の389人、50代の233人、60代以上の95人を合わせると、計717人。実に該当者の半数近くの約45%が、40代以上の中高年だった。
 ちなみに、15歳から39歳の該当者は855人で、全体の約53%。無回答が35人で約2%だった。

 さらに、<ひきこもっている期間>が3年以上に及ぶ対象者は計1067人で、全体の3分の2の約67%。そのうち5年以上は817人で、約51%と半数を超えた。10年以上も526人と約33%に上るなど、<長期化が懸念される状況にある>と指摘している。

 

 かつて「引きこもり」というと、主に10代の不登校生徒を指していた。それがバブル崩壊以降の就職氷河期において就労も就学もしない(できない)で家に引きこもったままの若者が増加し、いわゆる「ニート」という言葉が出回るようになった。

 そしてさらに最近では、デフレ不況の長期化とともにニートの高齢化、すなわち中高年の「引きこもり」が注目を集めるようになってきている。

 とはいえ、その実態と実情は必ずしも詳らかでない。紹介記事にある山形県の調査では約45%が40代以上の中高年という想像以上の数字になっている。
 また「引きこもり」の経緯については「わからない」がもっとも多いが、「失業した」「就職できなかった」を合わせる約34%になる。やはり病気や倒産など何らかの事情で就労が困難になったことがきっかけになった人が多いと予想される。

 しかしおそらくそれはあくまできっかけであり、広い意味で「コミュニケーションに困難を抱えた」状態に陥ってしまっていることが問題の根底にあると思われる。

 震災以降、「きずな」や「つながり」という言葉が注目されるように、マスコミの報道やテレビのドキュメンタリー番組などでもそうした「きずな」や「つながり」の大切さを改めて強調するようなものが増えたと思う。

 ただ、そもそも「きずな」や「つながり」が十分にある社会ならば、ことさらそれらが強調されることはない。「孤独死」が社会問題として大きくクローズアップされるような社会になってきているがゆえに、「きずな」や「つながり」が改めて声高に叫ばれているのである。

 重要なのは、ある意味で当然のことだが、「きずな」や「つながり」のための現実的・具体的な手段(ツール)を提供することである。そのさい就労がもっともよい手段の一つであることはたしかだが、現実的には病気や障害などでそれが難しい人も多い。

 どんな状況にある人も「きずな」や「つながり」が保たれる手段や仕組みは何か。
 そうしたことを考えたとき、わたしはインターネットの果たしうる役割は大きいと思う。幸いにしてインターネットを中核としたICT(インフォメーション・コミュニケーション・テクノロジー)の進歩は驚異的に急速である。

 インターネットの入り口にすら立ったことのない中高年の人はまだまだ多い。それだからこそ、「コミュニケーションに困難を抱えた中高年」のための可能性はまだまだ果てしなく大きいはずである。コトダマの里がそのなかの一つの可能性でも切り開けることができたらと願っている。

 

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『コトダマ新聞』の主筆(代表)です。時流に流されずに死生観をめぐる文化論にまで掘り下げて考察したいと思います。

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