多磨霊園(出所:wikipedia)

多磨霊園(出所:wikipedia)

都市部で墓不足が深刻化の背景は「行政による規制」と事情通

 全国には87万以上の墓地が存在する(2011年度、衛生行政報告例)。しかし、「墓地」を設置するには様々な基準をクリアしなければならない。霊園墓地の基準は各自治体によって異なるが、最近は規制を強化する動きが顕著だ。例えば厳しい墓地規制で知られる東京都府中市では次のような細かい決まりがある。

・アスファルトの通路の幅は1m以上。
・お墓の区画数の5%以上の数の駐車場が必要。
・墓地の敷地面積に占める緑地の割合は20%以上でなければならない。
・隣接する住宅、学校などの敷地とお墓の間には幅3m以上の緑地帯が必要(2000平方メートル以上の墓地の場合)。

 墓地や火葬場について規制する「墓地、埋葬等に関する法律(以下、墓地埋葬法)」は2011年に一部が改正され(2012年4月から施行)、墓地経営の許可や監督権限は都道府県から市、特別区へと移譲された。小さな自治体ごとに基準が決められるようになったわけだが、なぜこうした厳しい基準を設けるのか? 府中市の担当者はこう話す。

 「本市では、宗教法人などが市内に事務所を設置してから7年が経過しないと墓地建設の申請ができないなど、他市と比較しても高いハードルを課しています。市内には既に多磨霊園という大規模墓地があり、市の面積の4%を墓地が占める。できればこれ以上墓地を増やしてほしくないという住民感情があるのです」(生活環境部環境政策課)

 規制強化の背景に「お墓はできる限り家や学校の近くにあってほしくない」という地元の声があるのは、他の自治体も同様。例えば横浜市でも「主要な通路は1.8メートル以上の幅員を有すること」などの基準があるほか、「駐車場は可能な限り平置き」にすることまで求められている。

 いきなり家の近くに墓地を作ってもらいたくない、というのは多くの人の正直な心情であろう。住宅がひしめく都市部では、墓地を増やすのはなかなか容易なことではない。そこで、マンションタイプの納骨堂が人気を呼ぶわけである。

 しかしながら、改めて考えてみると、墓、というよりは自らの弔われ方をどうするか、ということは、それが社会慣習的、儀礼的に決まっていた以前とは異なり、「死の個人化」が進む現在では個々人の死生観によって決められるようになってきている。

 以前の記事で日本の墓参りや仏壇がじつはもともと仏教の思想(釈迦の教義)とは関係なく先祖崇拝の宗教的文化に由来する風習であることを述べた。

 そのさい、現在では墓は、先祖崇拝というよりは、故人との情緒的なつながりを象徴する意味のほうが強くなってきているのではないか、ということを指摘した。

 もしそうであれば、「故人との情緒的なつながりを象徴する」物や仕方は他にいろいろありうる。そのさい、「言葉」や、あるいは詩歌や絵画などの創作物などは、もっとも直接的にそれぞれの人の「人となり」(人格、パーソナリティ)を示すものであり、それがそうした象徴にとってもっともふさわしいと思われる。

 例えば、墓参りするよりは、故人の残した言葉や創作物を折にふれて見る方がよっぽど手軽で、かつ直接的に「ココロ(タマシイ)がつながる」ことのはずである。

 現代的なハイテク納骨堂もいいが、今一度「弔いの本質」を省みるのもよいことだと思う。

 

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『コトダマ新聞』の主筆(代表)です。時流に流されずに死生観をめぐる文化論にまで掘り下げて考察したいと思います。

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