photo credit: shootingjaydred via photopin cc

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女性手帳、どう思う? 政府の少子化対策案に批判の声

 戦前の「産めよ増やせよ」という国策への拒絶感もあり、政府が特定の家族観を個人に押しつけることは長くタブー視されてきた。

 1990年代以降、少子化対策を議論する会議が立ち上がっては、子育て支援の提言を繰り返してきた。しかし出生率は下がり続け、2005年は1・26で過去最低を更新。10年は1・39と上向いたものの、人口減に歯止めをかけるにはほど遠い水準だ。

 その背景には、未婚率や女性の平均初婚年齢、第1子平均出産年齢の上昇がある。今後、夫婦がもうける子どもの数は減っていく見通しだ。

 そこに出てきたのが女性手帳だ。森雅子少子化相が作った有識者会議「少子化危機突破タスクフォース」が今月7日、配布を提案すると決めた。高齢になると妊娠しにくくなることなど妊娠・出産についての知識を広める目的で、晩産化に歯止めをかけたい狙いがある。

 この案の報道後、ネットを中心に批判が噴出。これに対し内閣府は男性への配布も検討中だと強調した。森少子化相は10日の会見で「妊娠や出産という女性の人生の選択を国が押しつけることはない」とした。手帳の創設は政府の「骨太の方針」に盛り込まれる可能性も。今夏にも会議を立ち上げ内容を吟味、来年度からの配布を検討している。

「啓蒙・教育」に少子化対策としての効果は期待できない

 政府の少子化対策で検討されている「女性手帳」のアイデアが議論を呼んでいる。

 医学的・生理学的な意味での「妊娠適齢期」など若い女性向けに妊娠・出産に関する知識を身につけてもらうという趣旨のものだが、妊娠・出産に関する「個人の自由」に対して「国が介入」することになるのではないかとか、「女は子どもを産む機械」を彷彿させるとかという批判が上がっているようだ。

 男女共同参画の立場から撤回を求めた反対運動も出ている。

 いわゆるトランスジェンダーなどのセクシャルマイノリティ(性的少数派)の人たちからの異論もある。

 これらの批判はそれぞれ少子化対策に含まれる諸問題を照らし出していると思うが、ここでは「○○はこうあるべき」という“べき論”から離れて、もう少し現実的、すなわち少子化対策(社会全体で子どもを増やす)という政策目的に対して「女性手帳」がどれだけ有効なのか、という観点から見てみたい。

 少子化の直接的な原因の一つは「晩産化」(晩婚化)にある、ということはすでに諸々の研究から明らかである。

少子化フローチャート(平成16年版少子化社会白書)

少子化フローチャート(平成16年版少子化社会白書)

 さて、妊娠・出産に関する「知識」の提供、つまり「啓蒙・教育」が主旨の女性手帳が効果があるのは、当然、そうした知識がない人である。つまり、「生理があるうちは産もうと思えばいつでも産める」と思い込んでいて、結果として産むタイミングを失してしまった人はいるかもしれないし、そのような人には一定程度効果があるかもしれない。あるいは少なくも「正しい知識」を持っておくことは悪いことではない。

 しかし「一定程度」効果があるかもしれないにしても、それがどの程度か、は定かでない。実際は、政策上の費用対効果(コストパフォーマンス)がかなり疑わしい。

 つまりそうした「啓蒙・教育」がターゲットにすべき人というのは、たんに知識が欠けているというよりは、むしろそうした知識に関心がないか、あるいはそもそも関心を払おうとしない人である可能性が高い。つまり、「事を軽く見ている」のである。

 そうした人には、いくら形式的に「啓蒙・教育」活動を試みてもムダに終わる可能性が高い。このことは、厚生労働省が行っている膨大な「啓蒙・教育」活動にもかかわらず国民の生活習慣病に対する対応が遅々として進まないのを見れば火を見るより明らかである。

 

女性に八つ当たりしても仕方がない

 そもそも「晩産」する女性の多くは「子どもを産みたい」とは思いつつ「10代、20代では子どもを産みたくない」ので結果として「晩産」になっていると思われる。つまり、10代、20代では子どもを産みたくても産めない、のである。

 したがって、少子化対策は、10代、20代では「子どもを産みたくても産めない」状態になってしまっている原因を解消するものでない限り根本的な解決にならないし、ゆえに中長期的に見て効果がないであろう。「女性手帳」がそうした「原因を解消する方策」でないことは明らかで、にもかかわらず、それを「少子化対策」として掲げるというのは、たとえて言うなら「思い通りにならないことに腹を立てて横にいる女房に八つ当たりしている頑固オヤジ」のようなである。

 「少子化対策」と真面目に銘打つならば、現実逃避せずに真正面から「原因を解消する方策」を検討し、それを政策選択肢として明示した上でその是非を率直に国民に問うべきだろう。現実的に可能かとか、政治的に難しいとかということは、それを踏まえて真剣に議論・検討すべきだろう。

 「隔靴掻痒」のような施策で時間と税金を浪費しているうちに、人口減少は着実・確実に進んでいく。

(それでは少子化対策として何を行うべきかについては改めて書きたい。)

 

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『コトダマ新聞』の主筆(代表)です。時流に流されずに死生観をめぐる文化論にまで掘り下げて考察したいと思います。

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