神奈川県三浦霊園のhideさんのお墓

神奈川県三浦霊園のhideさんのお墓
(出所:サイゾー・ウーマン)

「ご両親のお気持ちに泥を塗らないで!」 X JAPAN「hide」さんの墓荒らされ、ファン激怒

 ロックバンド・X JAPANのギタリスト、故・hideさんの墓が荒らされる事件が起こっていた。2013年3月1日、公式サイトが「hideお墓参りについて・皆様へのお願い」と題する文章で公表した。

 発表によると最近、hideさんの墓石が鋭利なもので故意に傷つけられるという事件が起き、器物破損として調査を行うこととなった。その他、周辺を散らかす、大きな声で騒ぐ、墓石にお酒をかける、供えられたhideさんの写真を持ち去るといった、墓参のマナーが守られていない現状が報告されているという。

 hideさんは1998年に急逝した。神奈川県内の霊園に墓があり、遺族の好意でファンのために開放されている。

 公式サイトでは「この状況が続いた場合、残念ながらhideのお墓を一般開放できなくなってしまいます」「皆さんが気持ちよくお墓参りしていただけるよう、皆様のご協力をお願いいたします」などと呼びかけている。」

墓参りと「公共マナー」

 紹介記事によると、墓参りをする一部のファンのマナーの悪さはX JAPANが復活した2009年頃から指摘されていたようで、当時のファンのブログには次のようなことも書かれていたようだ。

 「ある親子連れが、カメラ片手に、お墓で撮影会をし、さらに息子を香炉の上に座らせて記念撮影をしたそうです。この家族は、お線香もあげず、お供え物にも手を出そうとした為、注意をしたら『何?あんた身内かよ?!偉そうに』と反論されたそうです」
 「また、他の20代前半くらいの女性二人組みは、墓前で酒盛りをし、墓石に『乾杯~!』と、いきなりビールをかけたとの事です。」

 この問題は、基本的には、「公共空間でのマナー」の問題と根は同じである。

 たとえば、電車ではよく携帯電話での通話やヘッドホンの大音量、社内での飲食、化粧などが社内マナーという観点から問題にされる。これは、電車の車内が(自宅の部屋の中のような「私的空間」とは異なる)「公共空間」である、という常識的認識が希薄ないし欠如していることによる。つまり、公共空間であるにもかかわらず私的空間の延長のように「自由勝手」に行動してしまっているのである。

 とはいえ、「墓」は本来はその所有者(遺族)の「私有財(物)」であり、「墓地」はその所有者の「私有地」である。したがって、その所有者以外の他人が勝手に立ち入ったり、いわんやお供え物を持ち帰ったりすることはできない。

 しかしその一方で、歴史的に重要な人物や著名人の墓は「公開」されていることが多く、しばしば観光名所として多くの人が訪れる。つまりそうした墓は一般に公開されることによって実質的に「公共財」になっているのである。公共財であるからには、電車や公園と同様に、そこに訪れる人すべてが快適に利用できるように「公共マナー」を守って利用する必要がある。

 ただ、問題はそれだけではない。
 墓の場合は、電車や公園とは異なるきわめて独特の意味の「公共財」でありうる。というのも、その「価値」の基本は心理的・情緒的な価値であり、その「程度」は人によって大きく異なる。

 hideさんの墓は、X JAPANの名前ぐらいしか知らない人にとってはたんなる名所の一つ程度の「価値」だろうが、熱心なファンにとっては何よりも大切な、かけがえのない「価値」のあるものだろう。その人にとっては、hideさんの墓は自分のタマシイ(ココロ)とhideさんのタマシイ(ココロ)がつながり、いまなおhideさんとココロのなかで話をしたり、音楽を聴いたりするかけがえのない場所なのだ。

 そういうところで、たとえばどんちゃん騒ぎをして酔っぱらって墓にビールをかけられたりする行為がその人にとっていかに悲しいことなのかは、あらためていうまでもなく明らかなことであろう。

マナーの問題というよりはココロの問題

 したがって墓のばあいは、たんなる「公共マナー」の問題をこえて、やや大げさにいえば人としてもっと重要な問題とかかわってくるのである。わたしは、それは「マナー」の問題というよりは「共感」の問題、「ココロ」の問題のように思える。

 そもそも、心理的・情緒的な価値は個人差が大きく、なおかつその程度を測りがたいものである。ほんらいそうした性質のものは一般の商品のように有料の「私有財」として提供するのが本筋である。したがって、hideさんの墓も「参拝料」を徴収するようにすればそれですむ話である。このばあい「参拝料」が「価値」の指標となり、それだけの価値を認める人はそれを支払って墓参りすればよいし、そうでない人はそうしなければよいだけのことである。

 しかし、遺族はあえてそうした「私有財」としてではなく、「公共財」として、すなわち誰でも自由に訪れて、手を合わせることができるようにしたのである。それはおそらくは、hideさんのことをできるだけ多くの人にいつまでも忘れないでもらいたい、そのココロに伝え残しておきたい、という願いからではないだろうか。

 そうした遺族や、あるいはファンのココロを少しでも理解し、共感できるならば、誰だって墓の前では”祈るような気持ち”になるのではないかと思われる。

 

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『コトダマ新聞』の主筆(代表)です。時流に流されずに死生観をめぐる文化論にまで掘り下げて考察したいと思います。

2 Comments

  1. もも
    Posted 2013年11月16日 at 3:58 AM | Permalink

    ありがとうございます。
    hideファンとして、心の拠り所となる大切な場所です。
    とても尊敬しすぎていて未だにお墓参りにさえ行けない
    友人もいます。
    以前、私がhideのお墓に参ったときにはお年の召された
    hideのお母様がとても優しくしてくださいました。
    あの素敵なお母様やご家族が毎日、お掃除にいっていると聞いています。

    • コトダマの里
      Posted 2013年11月17日 at 4:10 PM | Permalink

      コメントありがとうございました。ファンの皆さんの変わらぬ想いには頭が下がるばかりです。こういうお墓こそ価値あるものだと思います。

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