30代から始める終活セミナー

30代から始める終活セミナー
(出所:日本経済新聞)

「終活」30代から備え 葬儀・エンディングノート

 人生の最期を迎えるための準備「終活」が若い世代に広がっている。特に相続や葬儀の希望などを書き残すエンディングノートが30代、40代の関心を集め、遺影の撮り方を指南したり、自分史を書き込めたりする本も相次ぎ登場している。
 今月13、14日、東京都内で第1回「わたしのエンディングノート展」が開かれた。主催は日本葬祭アカデミー教務研究室(東京・千代田)など。約30種類のエンディングノートを集めた会場に300人近くが来場。働き盛りの40代の姿も目立った。来年3月には大阪でも展示会を開く。
 ・・・(中略)・・・
 エンディングノート専門店いにしえ(京都市)の11月の調査(10~70代の2145人対象)では46%が「エンディングノートの準備は人生を見直す機会になる」と回答。「飼っているペットのことを書きたい」(30代女性)など、若い世代の声も寄せられた。

 東日本大震災以降、エンディング・ノートやその類似品に対する関心が若い世代にも広がっている、というのはしばしば種々の記事で報じられており、本誌でも取り上げた。(気軽に想いを書き留めておく『Never Ending Note』)今回の記事でも、「東日本大震災があって今の生活がいつまでも続くわけではないと思い、終活に興味を持った」と30歳の女性の声が紹介されている。

 しかし若い世代のエンディング・ノートへの関心は、シニア世代の関心とは異なるだろう。あるいは世代や年齢とは関係なく、ほぼ確実に近いうちにエンディングを迎えると思っている人といずれ迎えるとはいえおそらくまだ先だろうと思っている人では、理由や動機が異なるであろう。
 すなわち、後者の場合、主な宛先は当然のことながら遺族であろう。他方、後者の場合、宛先としてはもちろん遺族も入るだろうが、それ以上に「自分」が強く意識されていると思われる。
 つまりこの場合、エンディング・ノートの作成は、備忘録の作成、パーソナル・プロフィールや経歴の作成、アルバムや日記の整理などの意味合いも持ち、それを何らかの形で自分が活用することをまず念頭に置いている人は多いだろう。そのうえで、自分に万が一のことがあった場合には遺言やエンディング・メッセージとしての役割も果たす、という意味ではエンディング・ノートとしての役割も果たすわけである。

 そうであれば、そうした類のノートなどは以前からあるわけで、それをわざわざ「エンディング・ノート」あるいはその類似名称で呼ばなければならない理由は本当はあまりない。今になってわざわざそう呼ぼうとしているのはその方面の業界筋、という穿った見方もできるかもしれない。
 あるいは、もう少しその背景を掘り下げてみると、たしかに東日本大震災の影響もあるだろうが、それ以上に日本経済・社会の先行きに対する「不安」があるのではないだろうか。
 日本社会には戦後の一時期に思い描かれたような右肩上がりの安定軌道はもはや臨むべくもない。むしろ、「右肩下がりの安定軌道」のほうが現実味がある。雇用不安や経済格差も広がり、いつ何をきっかけに自分や家族が「危機的状況」に陥るか分からない。
 若年層に広がるそうした「不安」が、「エンディング・ノート」への関心の背景にあるのかもしれない。

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『コトダマ新聞』の主筆(代表)です。時流に流されずに死生観をめぐる文化論にまで掘り下げて考察したいと思います。

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