お葬式が出せない  どうする“葬送の場”(NHK「クローズアップ現代」)

お葬式が出せない  どうする“葬送の場”
(NHK「クローズアップ現代」)

お葬式が出せない どうする“葬送の場

 葬儀の常識が覆されている。去年の死亡者数は126万人と10年前に比べ30万人増え、斎場や火葬場は各地で混雑。亡くなった後、葬儀まで1週間以上待つ遺族が増えているのだ。遺体をどこに安置するか?忌引きの休みは足りるか?驚き戸惑う遺族。「安置室の費用がかさんだ」「自宅で遺体が変色し可哀想だった」「心の整理がつかず疲れきった」。背景として、都市部では低価格・短時間での葬儀にニーズが高まり、通夜から火葬まで行える「火葬場併設斎場」に予約集中。一方、高齢化するベッドタウンなどでは火葬場そのものが不足する。近隣の迷惑施設である火葬場の新設や改築は難しい状況も見えてきた。

 

 「多死社会」の到来で、今後年間死亡者数は増える一方で、現在の120万人が2038年には170万人に達すると見込まれている。その一方で火葬場、斎場、お墓などはそれに見合うだけ増えてはいない。

 こうした「死」に関わる施設は、一般には「不吉」なものと思われている。たしかに、好き好んでそうした施設の近くに住みたい人は少ないだろう。さらに問題なのは、たとえ自分はまったくそんなふうに思ってはいなくても、「世間ではそう思われている」となると自分の家の市場価値が下がってしまうことだ。したがって、火葬場の建設を地権者や近隣住民が「迷惑施設の最たる場所だ」と強行に反対するのも十分理解できる。

 そういうこともあり、現在の火葬場は火葬炉を無縁無臭にしたり、一見火葬場とは見えないような外観や景観にしたり、できるだけ「目立たない」ような工夫がされている。そのうえで、いくつかの自治体が協力・共同して広域火葬場を建設することもされている。
 ちなみに、こうした構造は同じように迷惑施設とみなされているゴミ処理場も同様である。そうだとすると、燃焼効率(?)を向上させた大型火葬炉をもつ広域火葬場の建設というのがまずは現実的な解決策の一つとは言える。しかしそうなると、ますます葬送がゴミ処理と似ていくので、個人的には割り切れない感じもする。

 ただしここで興味深かったのは、番組で紹介されていた広島県三次市での住民参加型の火葬場建設の事例である。そこでは、自分の家族や自分自身の葬儀を念頭に、どのような見送りの形が理想的か検討が重ねられたとのことである。その結果、従来の縦1列の焼却炉をやめて、1つずつ個室にして親しい人だけで故人を偲ぶことができる施設にしたのが好評だそうだ。
 このように、それぞれのコミュニティが自分たちの弔いの場をコミュニティの中に作るいうふうに考えれば、むしろコミュニティの弔いについての「理念」を反映した形でユニークで独特な施設を積極的に建設することがあってよいと思う。そしてこれからは、むしろ「自分の好きな斎場のあるところで最期を迎えたい」というような希望が出てきてもおかしくはないと思われる。

LINEで送る
Pocket

The following two tabs change content below.
『コトダマ新聞』の主筆(代表)です。時流に流されずに死生観をめぐる文化論にまで掘り下げて考察したいと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。


*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)