ベーブ・ルースの墓

ベーブ・ルースの墓(出所:dailytombstonephoto.blogspot.jp)

米で盛んなベーブ・ルースらスター選手の墓参り

 米国各地で驚かされるのは、スター選手の墓参りをしているファンが実に多いことだ。
 墓にはファンがメッセージを書き込んだボールやカードが置かれており、永眠する選手への敬意や愛情が感じられる。子供の頃に憧れた選手なら自分を熱狂させてくれたことに、ルースのような伝説の選手なら野球界への功績に感謝して、祈りをささげるのだろう。
 大リーガーはプレーと同様、墓も個性豊かだ。名前の下に生年月日と亡くなった日付だけの選手もいれば、誇らしげに球歴を墓石に彫っている選手もいる。歴代1位の通算打率・366を記録したタイ・カッブの墓は、名家らしく小屋並みのサイズだった。
 史上最年長記録の59歳で登板したサチェル・ペイジに至っては「若さを保つ6カ条」を墓石に刻んでいた。墓参者への返礼を兼ねた助言とも受け取れ、亡くなってもファンサービスをしているのかと感心させられた。

 

 日本では数年前から「墓萌え」、すなわち歴史的人物や著名人の墓巡りが静かなブームを呼んでいる。『墓萌え 東京お墓お散歩』というDVDも発売されている。

 

 記事では、アメリカではベーブ・ルースのようなスター選手の墓参りが盛んである、ということを紹介しているが、アメリカでは墓はもともと「記念碑」的な側面がある。そもそもキリスト教の文化では人は死んだらその魂は神の御許(十字架から導かれる天国)に赴くので個々の墓と魂とは直接なつながりはない。墓は基本的にその故人(個人)の生前の業績や人柄を偲ぶ記念碑である。また、墓も原則として個人単位なので、日本のような先祖や家系とのつながりを象徴するという意味は(一部の名家以外は)希薄である。
 そういうことから、日本のお盆のような定期的な墓参りの習慣もない。葬儀のときに1回きり行っただけで後は管理を霊園に委ねたままという人も珍しくない。また国土が広いので離れた場所の墓にはなかなか行けないという現実もある。

 しかしだからといって、日本人と比べてアメリカ人は人情が薄いとか死者への敬意がないとかということはもちろんない。むしろ故人(故人)は生きている人の心の中で場所や日時を問わずに常に弔われ続けているのである。反形式主義で精神主義的なプロテスタンティズムの文化が強く影響していると思うが、ある意味では近年の日本でも浸透しつつある「死の個人化」がアメリカではすでに伝統的に成立しているともいえる。

 そのように考えてみると、近年の日本における「墓萌え」ブームも、故人(個人)の生前の業績や人柄を偲ぶ記念碑をめぐるという感覚であることが推察される。著名人の墓の前で手を合わせるとき、その著名人の先祖や家系について思いを馳せる人はあまりいないだろう。あくまで、その著名人の作り出したものや生きざまを偲ぶ気持ちであるにちがいない。
 そうだとすると、かりにその著名人の墓が「先祖代々の墓」であるとすると、その墓の主旨と墓参りする人の思いがズレてしまっていることになる。先祖もさぞかし微妙な気持ちになることだろう。

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『コトダマ新聞』の主筆(代表)です。時流に流されずに死生観をめぐる文化論にまで掘り下げて考察したいと思います。

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