小倉北区の墓地で見つかった骨つぼ

小倉北区の墓地で見つかった骨つぼ

墓の中に他人の骨つぼ7個、トイレにも置き去り

 骨つぼが“落とし物”として警察に届けられるケースが相次いでいる。
 今年に入り、福岡、山口、熊本3県で少なくとも8件16個にのぼり、駐車場やトイレのほか、他人の墓の中に無断で置かれていた例もあった。
 持ち主が扱いに困って放置したケースが多いとみられる。識者は「核家族化が進んで家族の絆が薄れ、遺骨への敬意が薄れているのでは」と指摘している。

 最近、葬儀の簡素化の傾向のなかで、樹木葬や海葬などの自然葬を選好する人も増えてきているが、遺灰や骨壷などをどこかに放置したりするのは明らかにそれらとは異質であり、一線を越えていいる。つまりそこには、故人および故人の〈タマシイ〉に対する思慕や敬意の念がない。
 しかしその一方で、今後このようなケースは増えていくことが十分考えられる。問題なのは、葬儀の簡素化の潮流がこうした不謹慎な行いをすることの敷居を低くしている側面もあることだ。

 もともと自然葬は「遺骨遺棄」との関連で長らく違法行為とみなされていたのだが、自然葬を推進する団体の運動などによって、90年代以降法務省が「葬送の一つとして節度をもって行われる限り、遺骨遺棄罪には当たらない」とそれを容認するようになったものだ。

 遺灰や遺骨を放置したりするのは、もちろん「葬送の一つとして節度をもって行われる」とは言えないので、違法行為になる可能性がある。しかし逆に言えば、形だけ「自然葬」にしてしまえば違法に問われることも周囲からあれこれ言われることもなくなる、ということにもなる。

 本来、それが故人にとってどれだけ意義のある葬儀なのかは、第一義的には葬式の形ではなく参列者の心のあり方にかかっているのだが、「心のあり方」は外からは見えない。この問題の深さがあらわになるような現象や事件が今後増えていくだろう。

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『コトダマ新聞』の主筆(代表)です。時流に流されずに死生観をめぐる文化論にまで掘り下げて考察したいと思います。

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