認知症]長寿国の現実(4)仕事、家族失う働き盛り

 タタタタタン――。昼食に使うキャベツを千切りする包丁の音が、東京都内のデイサービスセンターの室内に響き渡る。「1秒に何回切れるの?」。速さに感心した認知症の高齢者の質問に、「30万回だよ」。冗談で答える男性(57)もまた、認知症の本人だ。
 東京・銀座の仏料理店などで料理人として腕を磨き、51歳の時、念願の自分の店を持った。だが、その直後に異変が表れた。ドライブやサーフィンを楽しむ行動派だったのに、やる気が出ず、疲れも取れない。うつ病を疑った。
 妻の勧めで受診したところ、54歳の時に若年性のアルツハイマー型認知症と診断された。思いもよらぬ結果に驚き、「仕事のこと、子供のこと、一体どうなるのかと頭がパニックになった」という。

 それから人生が一変。周囲に諭されて店を畳み、数百万円の借金返済のために妻が働いて家計を支えた。しかし、疲れ切って追い詰められた妻の求めで、今年に入って離婚。2人の子供は妻が引き取った。
 現在は生活保護を受けながら、ボランティアとして料理の腕を振るう。だが最近は、調理の段取りを考えるのが難しくなってきた。「車の免許も何もかも取り上げられたけど、妻や子供に迷惑はかけたくない。先のことはあまり考えないようにしている」と男性は話す。

 2009年の厚生労働省研究班の推計では、65歳未満で発症する「若年性認知症」は全国で約3万8000人に上る。また、総務省の調査では、介護・看護が理由の退職者は、2006年10月からの1年間に14.5万人とのことである。

 認知症は高齢者だけの問題でなく、65歳以下の人も認知症の当人またはその面倒をみなければならない家族という形で当事者になりうる。40、50歳代の働き盛りで当事者になるのは、経済的な面で深刻になりがちである。
 とくに、介護・看護と仕事の両立の問題は、女性の社会進出とのかねあいでしばしば問題にされる「家事・育児と仕事の両立」の問題以上にこれから重大な社会問題になっていくであろう。
 育児・介護休業法によって介護休業は制度化されてはいるが、育児と異なり当事者の事情が多様で長期的な対応が必要となる介護では抜本的な対策とはなりがたい。

「善き生・死」についての自分の考えを明確にしておく必要がある

 超高齢社会を迎えるこれからのことを鑑みると、認知症に限らず介護・看護の問題は、福祉制度をどうするか、ということ以前に「善き生」や「善き死」に関するより根本的な「価値観」や「文化」の変容が必要になってくると思われる。
 福祉制度に関しては近年は世界的にみて、家族、政府、民間企業、ボランティア団体などの様々な「社会的セクター」がそれぞれうまく役割分担してなんとか対応しましょう、という「福祉ミックス論」的な流れになってはいる。
 しかし、わたしは、これはより根本的な価値観や文化の変容を伴わない限りけっきょく責任の押し付け合いになると予想する。その意味では、言葉は悪いが「放射能廃棄物」の押し付け合いと似ている。

 すでに述べたが、本格的な認知症になるまえに、そうした事態になったときの「善き生・死」とは何かについての自分の考えを明確にしておく必要がある。
 そしてそれについて、家族や周囲の人に十分に意思表示して了解をえておく必要がある。逆にそうでないと、家族を含めて他人や政府が勝手に決めた「善き生・死」(つまり、介護・看護)をあたかも「自分」が望んだかのように処置されて責任逃れをされるのが目に見えている。そうなっても後の祭りである。
 あるいはそもそも「善い介護・看護」とは、家族や周囲の人と十分意思疎通ができていて、相互に思いやる気持ちがあるときに、それを踏まえて自分が望むようになされる介護・看護のことであると思われる。

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『コトダマ新聞』の主筆(代表)です。時流に流されずに死生観をめぐる文化論にまで掘り下げて考察したいと思います。

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