[認知症]長寿国の現実(2)初期症状を把握、集中支援

 台所の床に魚の骨が散らばり、浴室には汚れた衣類が乱雑に積まれている。
 「上の階から水が漏れている」という住民からの苦情を受け、東京都内の地域包括支援センターの職員は6月、90歳代の夫婦が暮らすアパートを訪れた。
 「何も困ってませんよ」
 夫はそう話すが、無言で奥の部屋へ消えた妻の肌着は、便を漏らした跡で茶色く汚れている。職員は「夫婦とも認知症の疑いがあり、いずれ生活が成り立たなくなる」と感じ、介護保険の利用を勧めたが、夫は断った。
 「認知症と自覚せず、問題ないと話す高齢者が多い。早めの支援があれば、普通の暮らしを続けられるのに」と、職員はため息をつく。

 認知症対策として「初期集中支援」に重点を置くのは正しい方向だと思われる。
 認知症について自覚がなかったり、安易に考えていたり、問題を先送りしたりしたりしているうちに症状がひどくなったり、家族では手に負えなくなったりして結局は入院せざるをえなくなる、というのがありがちな事態である。
 できるだけ、本人が十分に自立的な判断ができる状態で対策を相談の上決められるのがよいだろう。

 わたしは、ある意味で「臓器移植カード」と似たような趣旨で、認知症も含めて一般的に「自分の自立的な判断が失われる事態」に備えて、その事態を自分はどのように捉えるのか、そのさい人はどのように行動すべきなのか、あるいは家族や周囲の人間はどのように対処すべきなのか、などについての現時点での「自分の自立的な判断」を明示しておく〈タマシイ・ノート〉の作成を勧めたい。(〈タマシイ〉を込めた〈ノート〉という意味あいを含めている。)

自分の「自立的判断」が失われたときにどうするのか

 近年、「エンディング・ノート」の作成が広まりつつあるが、今のところ高齢者が遺産相続を始めとして自分の死後残された人がいろいろ戸惑うことがないように諸々の段取りをあらかじめ指示しておくために作成するケースが多いと思われる。

 ただこのとき、自分の「死」としてどのような事態が意味されているのかをあまり深く顧慮されていないこともしばしばである。例えば、自分が認知症になることを自分の「死」と想定している人はほとんどいないと思う。
 とはいえ、家族など周囲の人からすれば、認知症によって本人の自立的判断に支障が生じる事態はある意味では普通の意味での「死」よりもやっかいな事態である。
 周りからはどう見ても「自立的判断」ができていないにもかかわらず本人は「自立的判断」をしていると言い張るだろうし、そう言い張る以上はそれを否定して強制的に物事を進めるのは「人格無視」や「人権侵害」になる危険もある。本人の「人格」や「人権」を護ろうとすることが本人の「人格」や「人権」を損なうという哲学的にも現実的にもやっかいな問題が生じてしまうのである。

 〈タマシイ・ノート〉は、こうした認知症も含めて自分の自立的判断に支障が生じる事態に備えて、そのさいの対応についての現在の「自分の自立的判断」を記しておくものである。
 例えば、「認知症になっても長期入院は望ましくない」「二人以上の医師、専門家が自分を認知症と診断したら認知症と認めるのが適切であると思う」など、ともかく自分の考えをまとめておくのである。
 さらに、できればそれについて家族と十分相談し、相互了解をえておくのがよい。そうすれば、ある程度自立的な判断能力がある段階であれば、「自分で自分の考えに従って」行動することができるであろうし、家族など周囲も対処しやすい。
 さらにこれは、必ずしも「自立的判断に支障が生じる事態に備える」だけではなく、人生の中で生じる様々な「重大局面」において自分の「意志」を常に確認する意味でも使うことができるだろう。

自らの「人格」を守るための〈タマシイ・ノート〉

 つまり結局、〈タマシイ・ノート〉は、「生」や「死」や「人生」という根本的な事柄についての自分の考えを改めてはっきりとまとめて明示したものとして作っておくべきであろう。その意味でそれは〈タマシイ・ノート〉と呼ぶにふさわしいものである。
 わたしは、医療技術、情報通信技術などが急速に発達する現在および今後において、自分の〈タマシイ〉(=人格)をどのように自ら護るか、ということがますます問題化していくと考えている。そうであるならば、逆にそうした最新の技術を活用してそれを図っていくのが賢い対処法であろう。上述の〈タマシイ・ノート〉もその一つである。〈コトダマの里〉の〈コトダマ〉を、ぜひ〈タマシイ・ノート〉として活用してもらいたい。

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『コトダマ新聞』の主筆(代表)です。時流に流されずに死生観をめぐる文化論にまで掘り下げて考察したいと思います。

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