KS001『コトダマ物語&コトダマ・レター選集』は、コトダマの里で作成した『コトダマ物語』および『コトダマ・レター』をテーマごとにピックアップし、編集本としてまとめたものです。
 あわせて、『コトダマ物語』『コトダマ・レター』の趣旨とガイダンスも含まれています。
 『コトダマ物語』『コトダマ・レター』の入門書であると同時に、その”タマシイ”を凝縮した精選集でもあります。
 『選集』に納められた「タマシイの物語」「タマシイのメッセージ」が読者の「タマシイ」に響き、新たな「コトダマ」へとつながっていくきっかけになれば幸いです。
 なお『選集1』は『コトダマ物語』『コトダマ・レター』のサンプル・バージョンの位置づけですので、とくにテーマは設けていません。


コトダマレター『カオちゃんへ』 ティーネージャーの頃、文鳥を飼っていました。名前はピピ。少しだけ胸もとに桜もようのあるサクラ文鳥で、気の強い性格でした。ピピは十二年くらいの生涯を、ずっとわたしの部屋の中で過ごしていました。ピピは十二年もの間、わたしのかけがえのない同居人でした。わたしにとって、ピピは時に、親友であり、恋人であり、兄弟や姉妹であり、師匠であり…… そして今は、わたしの守り神となって、天国から見守ってくれていることでしょう。


人生を変えた『芥子の実』の話 わたしの人生でもっとも苦しかった時期は、四十代半ばのときに勤めていた会社が突然倒産して失業し、さらにまさにそのときに大腸ガンが見つかり病院で手術を受けたとき しかし冷静に省みるならば、たしかにそれは不運で不幸な出来事ことではありますが、誰の身にも起こりうることでもあります。ただ当時のわたしは、なぜ自分がこんな目に しかしわたしの苦しみの原因は、本当は起こった出来事そのものではなく、まさにそうした恨みの気持ちで一杯になってしまった心にありました。そのことに気づかせてくれたのは、ある一つの説話でした。


わたしを死の淵から救ってくれた友人の言葉 人生とは不思議なもので、たった一つの言葉によってがらりと変わることがあります。
 わたしたちはふだん何気なく言葉を交わしていますが、そのほとんどは気にとめることもなく忘れ去られていきます。ただそのなかで、何かのきっかけで心を捉え、心に深く突き刺さり、その人の考え方や生き方すら変えてしまう言葉もあります。
 それは一見したところ、ごくありきたりのたわいもない言葉かもしれません。それにもかかわらず、それはその人にとってはまるで神のお告げのように心に響くのです。おそらく言葉の中身だけでなく、言葉と出会うタイミングが重要なのかもしれません。その意味でそれは、やや大げさかもしれませんが、言葉との「運命的な出会い」なのだと思います。
 わたしの人生も、ある言葉との「運命的な出会い」によって大きく変わりました。その言葉はわたしを死の淵ふちから救ってくれたのです。
 わたしは、四十代で脱サラ・起業して会社を設立し、以後十年以上懸命に走り続けましたが、力及ばず会社は倒産してしまいました。この拙文は、わたしの倒産のときの経験についてまとめたものです。


自分を知ることから第二の人生は始まる 定年退職は、「第二の人生」のスタートとよく言われます。多くの人は、それまでの会社員人生に一区切りをつけ、趣味、旅行、勉強、ボランティア、その他何であれ、やりたかったけれども、やれなかったことを思う存分やりたいと思うでしょう。わたしも退職前までは、そのように思っていました。ところが、いざ退職してみるとスタート地点から一歩も踏み出せませんでした。環境の急変に適応できず、孤独感と虚無感に苛なまれ、いわゆる「燃え尽き症候群」に陥り、次第に酒にばかり飲むようになり、しまいにはアルコール依存症になっていました。


わたしの「熟年離婚ドラマ」 数年前、『熟年離婚』というドラマが放映され、話題を呼びました。仕事一筋だった夫(渡哲也)が定年退職を迎えた日に、長年連れ添ってきた妻(松坂慶子)から突然離婚届を突きつけられる、という話です。「わたしも主婦を卒業したい・・・」。妻は一見何不自由なく幸せな家庭生活を送ってきたかのように見えて、じつは家庭を顧みようとしない夫に対して長年不満を募らせていて、もうこれ以上自分を犠牲にすることは我慢できなかったのです。わたしは、この番組が始まった当初から食い入るようにテレビを見ていました。そして番組が終わったときにはいつも、深いため息をつきました。細かいところで違いはあるものの、根本的なところではわたしたち夫婦にそっくりだったからです。


結婚して苦労を買う 「苦労は買ってでもしろ」とよく言われます。これは、人生のどんな苦労でも後々役に立つ知恵や教訓が必ず含まれている、ということを意味していると思います。わたしは、結婚をして、夫からまさに「苦労を買い」ました。いまから思うと、これはまったく無駄な買い物でした。無駄どころか大損でした。しかし、過ぎたことをいつまでも悔やんでいても仕方がありません。めげないのが、わたしの一番の取り柄ですから。日本人の平均寿命という観点から見ればわたしはすでに人生の折り返し地点に差し掛かっているところですが、わたしとしてはこれからが人生の本番だと考えています。


人生をつなげる・経験を分かち合う 「ギャンブル依存症」は人生を危機に陥れる深刻な「病気」です。しかし、世間はなかなかギャンブル依存症を病気とは思ってくれません。ギャンブルにはまる原因は本人の意志の弱さ、あるいは性格のだらしなさだと多くの人は思っているのではないでしょうか。それゆえ、本人の意志次第ですぐにでも克服できるはずだ、と考えるか、あるいは反対に、本人の性格の問題なので一生治らないと、考えるのかのいずれかだと思います。じつは、ある意味でこの両方とも当たっています。わたしは、重症のギャンブル依存症でした。もちろん最初のころは自分をギャンブル依存症だとは思っていませんでした。「ギャンブル依存症」という言葉もよく知らなかったのです。


人生で最も大切な言葉 わたしのこれまでの人生は、ごく平凡な人生でした。小説や映画のような派手なドラマがあるわけではなく、ひたすら地道に人生の道を歩んできました。
 そうした平凡な人生であっても、試練と呼べるようなことはありました。わたしの人生でもっとも苦しかった時期は、四十代前半に勤めていた会社で事業の失敗の責任を問われて地方に左遷されたときでした。そんなときに、わたしは自分の人生観を大きく変えることになった人と出会いました。そしてその人から、自分の気持ちを言葉にして伝えることがいかに大切か、ということを教わりました。