わたしを死の淵から救ってくれた友人の言葉 人生とは不思議なもので、たった一つの言葉によってがらりと変わることがあります。
 わたしたちはふだん何気なく言葉を交わしていますが、そのほとんどは気にとめることもなく忘れ去られていきます。ただそのなかで、何かのきっかけで心を捉え、心に深く突き刺さり、その人の考え方や生き方すら変えてしまう言葉もあります。
 それは一見したところ、ごくありきたりのたわいもない言葉かもしれません。それにもかかわらず、それはその人にとってはまるで神のお告げのように心に響くのです。おそらく言葉の中身だけでなく、言葉と出会うタイミングが重要なのかもしれません。その意味でそれは、やや大げさかもしれませんが、言葉との「運命的な出会い」なのだと思います。
 わたしの人生も、ある言葉との「運命的な出会い」によって大きく変わりました。その言葉はわたしを死の淵ふちから救ってくれたのです。
 わたしは、四十代で脱サラ・起業して会社を設立し、以後十年以上懸命に走り続けましたが、力及ばず会社は倒産してしまいました。この拙文は、わたしの倒産のときの経験についてまとめたものです。


妻と娘へ 贈る言葉 わたしは、今年で六十二歳になります。月並みな言い方だけれど、長いようで短い、あっというまに月日が過ぎ去っていたような気がします。いろいろなことがあったけれど、なにはともあれよくがんばって生きてきたな、今はそんな思いでいます。

 知っての通り、昨年、病院の検査で肺がんが見つかり、予定より早く会社を退職して治療に専念することにしました。わしはこれから、残りの人生をかけてがんとの闘いに臨みます。 武士たるもの、戦に臨むときは常に死を覚悟し、残される者のために遺言状を作っておくのが礼儀でしょう。とはいえ遺言といっても、わたしの家族は佳子と薫子だけで、遺産は小さな家と僅かばかりの貯金しかありません。これについては、言い残すことなどなにもありません。
 ただ、二人には、言い残しておくべき言葉があります。

人生で最も大切な言葉 わたしのこれまでの人生は、ごく平凡な人生でした。小説や映画のような派手なドラマがあるわけではなく、ひたすら地道に人生の道を歩んできました。
 そうした平凡な人生であっても、試練と呼べるようなことはありました。わたしの人生でもっとも苦しかった時期は、四十代前半に勤めていた会社で事業の失敗の責任を問われて地方に左遷されたときでした。そんなときに、わたしは自分の人生観を大きく変えることになった人と出会いました。そしてその人から、自分の気持ちを言葉にして伝えることがいかに大切か、ということを教わりました。