美智子へ 還暦祝いどうもありがとう。
 記念品の写真入り時計は風格があってとても気に入っている。それを見ていて、ふと、一緒になってからこれまでのお礼の手紙を書いてみようと思った。ただ、改まって伝えるのは正直、気恥ずかしいので、手紙にして残しておくとわたしがあの世に行った後にでも読んでもらえるかなと思った。でも、いざ書こうとすると、何を書いたらいいのか分からない。丁寧に書こうとすると、まるで遺言状のようになってしまう。
 結局、今思っていることを、素直にそのまま書くことにした。たんなる独り言のようで全然お礼の言葉になっていないかもしれないが、それは勘弁してもらいたい。


お母さんと悟志へ お父さんは昨年一年間病気でずっと療養していましたが、お母さんと悟志のおかげで回復し、今年の春から新しい職場で、仕事に復帰します。体調もすっかり元通りになり、これから人生の再出発です。
 それまで予想だにしなかった病気になり、人生何が起きるか分からない、ということを痛感しました。一昨年は、東日本大震災で大勢の人が一瞬にして命をなくされました。これからも、世の中どんなことが起きるか分かりません。
 人生の再出発にあたり、お父さんが病気の間に思ったこと、そしてお母さんと悟志にぜひ伝えておいておきたいことを、元気でいる間にきちんと書いておくことにしました。
 ただ、これはお母さんと悟志へのメッセージだけれども、自分自身へのメッセージでもあります。これからどれくらい生きられるか分からないけど、これからもときどき自分が書いたこのメッセージを思い出したいと思います。これを書いたときの決意や気持ちを思い出し、自分自身を励まし、勇気づけることができるかもしれない、と思っています。


妻と娘へ 贈る言葉 わたしは、今年で六十二歳になります。月並みな言い方だけれど、長いようで短い、あっというまに月日が過ぎ去っていたような気がします。いろいろなことがあったけれど、なにはともあれよくがんばって生きてきたな、今はそんな思いでいます。

 知っての通り、昨年、病院の検査で肺がんが見つかり、予定より早く会社を退職して治療に専念することにしました。わしはこれから、残りの人生をかけてがんとの闘いに臨みます。 武士たるもの、戦に臨むときは常に死を覚悟し、残される者のために遺言状を作っておくのが礼儀でしょう。とはいえ遺言といっても、わたしの家族は佳子と薫子だけで、遺産は小さな家と僅かばかりの貯金しかありません。これについては、言い残すことなどなにもありません。
 ただ、二人には、言い残しておくべき言葉があります。