コトダマレター『カオちゃんへ』 お父さんはこの手紙を病院のベッドでパソコンを使って書いています。窓からは病院の横にある公園の樹々の鮮やかな紅葉が見えます。これまでいろいろな病院に入院しましたが、この病院はとても静かで時間が穏やかに過ぎていきます。最近は体調が良く何もすることもないので、手紙を書くことにしました。


人生を変えた『芥子の実』の話 わたしの人生でもっとも苦しかった時期は、四十代半ばのときに勤めていた会社が突然倒産して失業し、さらにまさにそのときに大腸ガンが見つかり病院で手術を受けたとき しかし冷静に省みるならば、たしかにそれは不運で不幸な出来事ことではありますが、誰の身にも起こりうることでもあります。ただ当時のわたしは、なぜ自分がこんな目に しかしわたしの苦しみの原因は、本当は起こった出来事そのものではなく、まさにそうした恨みの気持ちで一杯になってしまった心にありました。そのことに気づかせてくれたのは、ある一つの説話でした。


お母さん、お父さんへ 一年にわたるガン治療が一段落して、来月、仕事に復帰することになりました。
 手術のときも、その後の治療のときも、お母さんとお父さんがいてくれて、とても心強く、安心でした。
 ほんとうに、ありがとう。
 ほんとうは面と向かってきちんと御礼の言葉を言うべきなのに、あらたまって言うのはなんとなく恥ずかしいので、元気なうちに感謝の気持ちを手紙にしておこうと思いました。


妻と娘へ 贈る言葉 わたしは、今年で六十二歳になります。月並みな言い方だけれど、長いようで短い、あっというまに月日が過ぎ去っていたような気がします。いろいろなことがあったけれど、なにはともあれよくがんばって生きてきたな、今はそんな思いでいます。

 知っての通り、昨年、病院の検査で肺がんが見つかり、予定より早く会社を退職して治療に専念することにしました。わしはこれから、残りの人生をかけてがんとの闘いに臨みます。 武士たるもの、戦に臨むときは常に死を覚悟し、残される者のために遺言状を作っておくのが礼儀でしょう。とはいえ遺言といっても、わたしの家族は佳子と薫子だけで、遺産は小さな家と僅かばかりの貯金しかありません。これについては、言い残すことなどなにもありません。
 ただ、二人には、言い残しておくべき言葉があります。